その他書架

□震える夜のこと
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「世界は貴女の力を必要としているんです! 貴女さえその気になれば、世界を救えるのですよ! 貴女の力がどれだけ尊いか、ご存知ですか、救世主さま?」
 ツルイは熱っぽく問い掛ける。リオンの答えなど必要としていないことは明らかな口調だ。
 聞きかねて、ダイゴは言った。
「リオンがあなた方に手を貸すことはありません。つい昨日、断られたばかりでしょう?」
 その挙げ句、逃走の隙を作る為に、リオンを傷付ける手段を選んだことは、忘れるはずがない。
「貴男は黙っていてください!」
「・・・・・・!?」
 ツルイから返ってきたのは、怒鳴り声だった。硬い地盤に反響し、耳の奥でわんわんと不快に残る。
 何故怒られなければならないのか。耳鳴りが治まると、腹立たしいを通り越し、呆れて疑問の方が先に立った。
 この男の思想がさっぱり読めない。元より解するつもりなどなかったが。
「さぁ、救世主さま。お答えは?」
 打って変わって、リオンには猫撫で声である。
「知りません」
 間を置かず、ぴしゃりとリオン。清々しい一蹴に、少し溜飲が下がる。フィオレが当然だとばかりに、強い声で鳴いた。
「わたしの力で救えるだなんて、世界を甘く見ていませんか」
 理由まで添えるリオンは、ダイゴの手を強く握った。怖がっているからか、それとも無意識なのか。
 手を握り返した。自分も、リラも、フィオレもマーレも、彼女を守ろうとしているには、違いなかった。
「ははっ! なかなか小癪な言い方をなさいますな、救世主さま」
「だってわたしの力を欲しがってるのは、世界じゃなくてあなたでしょう」
「・・・・・・もういいよ、リオン」
 ダイゴは静かに遮る。
「相手にするな。命令だ」
「・・・・・・はい、ダイゴさん」
 肩越しに振り向くと、蒼い瞳と搗ち合う。穏やかに受容する態度は、ツルイに向けたものとは大違いだ。
 ツルイは面白くなさそうに舌を打った。
 ほくそ笑んで、ダイゴはツルイに向き直る。
「これ以上リオンにちょっかい出すつもりなら、僕を通してからにしてください」
「はぁ? あのねぇ、チャンピオンさま? 彼女の主人だかなんだか知りませんが、貴男にそんなこと言われる筋合いないですよ? お手々繋いで仲良し子良し? それで! それだけで!? 私にそんなに強気に出ておられるのですか? 親でもないんだから、そんな条件聞けるわけないでしょう!」
 親、という単語を、背後のリオンがオウム返しに呟いた。
「どうしてこう、次々と邪魔者が現れるんですかねぇ。せっかくひとり排除したと思ったのにまた・・・・・・今度はチャンピオンさまが邪魔するんですねぇ、困ったものだ」
 邪魔者、という単語も、リオンは呟いた。
 クロバットが嘲るように鳴いた。フライゴンが憤るように羽ばたき、臨戦態勢に入る。風に煽られて、砂がぱらぱらと舞い上がった。
 ロゼリアが前に躍り出て、ハクリューがりゅうのまいを構える。
 その中で、リオンは、
「ねぇリラ。力を貸してくれる?」
 フライゴンに、囁いた。ロゼリアとハクリューが何故とばかりの面持ちで主人を見る。
「あまり見えていないでしょう? 無理はさせない」
 渋々、二匹は後ろに下がった。
 リオンにフライゴンがなんと応じたのか、ダイゴにもツルイにも、知る術はない。
 ただひとつ、ダイゴに理解できたのは、静かな声を掛けながらリオンはとても怒っているということだった。
 怒りの感情を呼び起こしたのは、間違いなくツルイの発言だ。あのふたつの単語の真意を理解できたのは、可哀相なくらいの、彼女の聡明さによるものだった。
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