その他書架
□震える夜のこと
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「さっきから気になっていたんですが、そのフライゴンは・・・・・・あの警察官のフライゴンですか?」
「だとしたらどうだというのです」
「あぁやっぱり! しかし彼女、近くにいませんよね? お借りしたんですか? 救世主さま、彼女となかなか親しげでしたものね」
ツルイの眼は愉快げにリオンを映している。リオンはダイゴに言われた通り、なにも答えない。
「はぁ。救世主さまにお答えいただけないとはなかなかつまらない。チャンピオンさまも酷なことを命令なさいますな」
でもまぁ、いいでしょう、と手を叩く。
「私が! 彼女にちょっかい出すのは止しておきましょうかね!
ではクロバット。構って差し上げなさい!」
温和しく聞く人間ではないと思っていたが、そう来るとは。それではとんちや屁理屈である。
命じられて、クロバットはエアカッターを飛ばした。
ダイゴは咄嗟にリオンを引き寄せる。手から滑った懐中電灯が、落ちて壊れた。
また、リオンを傷付けようとするのか。
リオンに当たり損ねた風の刃は硬い地盤に当たり、衝撃で身体が跳ね飛んだ。
宙を舞ったのはどのくらいの時間だったのかわからないが、びりびりと痺れる腕が、恨めしくもリオンを放していた。
どさっと自分の身体が墜落する。痛い。でもリオンはもっと痛かったんじゃないか。リオンはどこだろう。全く見えない。
「ロゼー? ロゼー!」
「リューッ!」
光源が失われ、人間の視界にはなにも見えない。それはロゼリアも同じで、主人を追おうとしているところを、見えているハクリューが咥えて黙らせる。
だが、クロバットは超音波を発し、こちらの位置などお見通しなのだろう。
「どくどくのキバ!」
命令され、クロバットが迫ってくる。どこから? どのタイミングで?
全く読めないまま、ダイゴはモンスターボールに手を掛けるが、それより先にフライゴンが炎を吐いた。
洞窟内が明るくなる。赫々と盛る炎は、空気の対流を産みだし、砂塵を舞い上げた。
リオンはすぐ近くに倒れていた。だが、炎の放射が終わると、視界は一気に暗くなる。そして暗順応が済まないうちに、ばたりと音が聞こえた。馬鹿な、とツルイが叫ぶ。
「・・・・・・? リオン・・・・・・?」
身体を起こし眼を凝らすと、暗い影が動くのが見える。彼女は、ゆっくりと立ち上がっていた。
ほっと息を吐いて辺りを見回すと、クロバットが地に落ちていた。
瀕死状態、戦闘不能である。ツルイは恨めしそうな顔をして、クロバットをボールに戻すと、間、髪を入れず、ふたつのボールを投げた。
それぞれから出てきたのは、フーディンと、サザンドラだった。
「どこまで卑劣なんだ。それじゃあ二対一じゃないか」
立ち上がり、ダイゴがポケモンを出そうとするが、リオンはそれを留めた。
「平気です。ね」
「フラァ!」
ひとりと一匹は闇の中でアイコンタクトを取る。ロゼリアとハクリューを戦わせるつもりは、あくまで無いらしかった。
空気がざわりと変わった。
彼女たちの闘志というべきなのだろうか。寒い洞窟内がさらに寒く感じられるような空気が、彼女たちを中心に生まれたのだ。
フライゴンが天を仰いだ。
ツルイは嫌な予感がしたのか、急ぎ指示を出す。
「フーディン、ひかりのかべ!」
フーディンとサザンドラを守るように、その壁は作られた。
そこに、フライゴンのりゅうせいぐんが放たれる。燃ゆる岩が無数に、フーディンとサザンドラに襲い掛かる。
フライゴンが技を繰り出すより先に、壁は生成されていた。
りゅうせいぐんが降り止んだ後も、ひかりのかべはそこに残っていた。
その後ろで、フーディンとサザンドラが倒れていた。
威力を殺しきれない技を受けて、倒れていた。
その光景に、ツルイが発したのは悲鳴に似た驚嘆だった。
ゆらり、リオンが動く。ありがとう、と言って、愛おしむようにフライゴンの首を撫でた。彼女は嬉しそうにリオンに頬ずりする。
「あの、ごめんなさい、ダイゴさん」
「・・・・・・どうした?」
「ちょっとだけ・・・・・・訊きたいことがあるのです」
断って、リオンはツルイの元へ歩み寄った。
「────────?」
「・・・・・・え? あ、あぁ・・・・・・!?」
彼女がなにを問うたのかは、聞こえなかった。
「───────────?」
「いや、それはっ」
それに対するツルイの返答は、しどろもどろとしていて言葉になっていなかった。
そこに伺えたのは、恐怖。
少女に正面から見つめられ、恐怖する男の様子が、闇に慣れた眼に映った。彼はきっと、命の危機さえ感じているのだろう。
そういう追い詰められた人間が取る行動を、予測できないことは知っていた。
本当は、今この瞬間にでも飛び出して、リオンを連れて逃げればよかったのかもしれない。
しんとした空気の中、滝の音だけが耳に付いた。不安を煽るほどの静寂。
だがそれは、唐突に途切れた。
「あぁぁあ!」
リオンと対峙する男は、狂ったように雄叫びを上げた。
「サザンドラァア! あくのはどう!」
命令しようとも、サザンドラは倒れている。
「どうした!? 早く撃て! サザンドラ!!」
サザンドラが主人の声に反応して首をもたげる。わずかに残った体力を振り絞って、命令を実行に移した。
暗い紫の光が灯る。
フライゴンが、それは自分に向けられたものだと思い、かえんほうしゃで迎え打とうとした。
だがそれは、サザンドラさえ予想しなかった方向へ飛んでゆく。
かえんほうしゃが明るく照らす、あくのはどうの弾道。
それを視認した時には、すでに遅かった。
あくのはどうは真っ直ぐに、ダイゴに向かって撃たれていた。