第弍短篇書架

□君が教えてくれたこと
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「あ、伊作」
 かけられた声は、いつも通りの穏やかなもの。
 ふと顔を上げると、明るい日差しの中、梓がにこやかに手を振っている。
 薬草を選別していた手を休め、振り返す。梓はふわり微笑んで、ぱたぱたと駆けてきた。
「保健委員のお仕事?」
「うん。さっき帰ってきたばかりでね。これから薬草を干すところ」
「手伝うよ」
 梓はためらいなく隣に屈む。袖を捲りあげ、真っ白な腕を惜しげも無く出すと、指先で薬草を選り分けていった。
 手は少し荒れている。爪の間には墨が残っていた。働きものの、ちいさな手だ。
「梓」
「うん?」
「上手になったね」
「そうかな」
「うん。前より正確に、しかも早く薬草を選んでいるじゃない」
「伊作が教えてくれたからだよ」
 そよと吹いた風が、悪戯に飛ばしそうになった花をおっと、と捕まえてから、梓は照れくさそうに笑った。
「伊作が、何回訊いても、何回間違えても、根気よく、教えてくれたから。ちゃんと憶えることができたんだよ」
 くるり、指先で花をいらい、それから筵の上にならべる。
「この花、葉摘草でしょう」
「そうだよ。萩の別名だね」
「それも伊作からきいたんだよ」
 そうだったっけ、とつぶやく。梓との付き合いはもう数年にのぼり、逸話のひとつひとつなど、到底思い出すことはできなかった。
「そうだよ」
「じゃあ、そうなんだね。憶えててくれて、ありがとう」
「どういたしまして!」
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