その他書架

□人形のような少女
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 キンセツシティに商用で来ているから、来られるなら一緒に食事でもしないか、と父親から誘われた。
 まぁ、どうせ、親子水入らずとはいえない食事会なのだろうと、父の思惑を理解した上でオーケーして、ダイゴはおとなしくキンセツシティへ向かっていた。
 たとえ、父親が自分と結婚させたがっている令嬢を伴っているとわかりきっていても、向こうの顔を立てねばならなかったし、自由な生活を許されている以上、たまには父親に顔を見せて安心させておく必要もあったからだ。
 エアームドに乗って118番道路の上空を飛ぶ。雨が上がったばかりの澄んだ空気は冷たく、正面から乱暴に吹きつけては銀色の髪を乱していく。キンセツに着いたら、身だしなみを整えなくては。父親が連れている綺麗な令嬢のために。
 呆れ半分、憂い半分の重たい息を吐く。ふと俯けた視線の先には、鈍い光沢を放つよろいどりの頼もしい背中と、海へと続く狭い砂浜────
 に、横たわる、人。
 寝ている、なんて平和的な思考へ向かうには、あまりにも不自然な人の姿。
 波打ち際に倒れている様は、海を漂っていて打ち上げられたと考えるのが自然だろうか。
 思わず、エアームドの首をぐいっと引っ張り(引っ張ったつもりでも、実際はダイゴが顔を近づける格好になっただけたったが)、あそこへ下りてと乱暴に指示を出してしまった。
 エアームドも主人がなにを指しているのか察したようで、金属音にも似たひと声をあげると、穏やかに降下して砂浜に降り立つ。エアームドをモンスターボールに戻さず、ダイゴは倒れている人間の側へ駆けつけた。
 駆けつけて、人形が倒れているのかと思った。心臓が早鐘を打っている。自分が見つけたのは、なんだろう。
 白い。
 空から見る分には人間に見えたそれは、近くで見ると血の通った生き物ではないかのように、白い。
 濡れて輝く純白の髪。
 水に冷えた白磁の肌。
 年の頃は十代前半くらい。長い前髪に隠されて顔はよくわからないが、少年と呼べる頃だった。
 大きめのパーカーとジーンズが、四肢に張り付いて身体のラインが浮かび上がっている。それがずいぶんと華奢で、ますます生きた人間らしさがない。波打ち際に投げ出された足の片方には靴がなかった。まるで、打ち捨てられた人形のように。
 けれど、辛うじて人だと思えたのは、頬にできた擦り傷のおかげだった。水に漂っている最中にできたであろうそれは、まわりが白いだけで痛々しい程に赤く見えた。
 少年の肩に触れようとして、ぴちぴち、という音に気が付く。
 空からだとよく見えなかったが、その傍らにはヒンバスが跳ねていた。
 この子のポケモンだろうか?
 溺れる者は藁をも掴む────この少年の場合、藁ではなくヒンバスだったようだが、どちらも非力なものには違いない。
 そんなことを思いながら、ぐっしょりと濡れた肩を掴んで揺する。
「大丈夫? 聞こえる?」
 微動だにしない。
 頬に触れると冷たくて、まさか手遅れなんじゃ、と不吉な考えが過ぎり、ダイゴは恐る恐る呼吸の有無を確かめた。
 ヒンバスがぴちぴち跳ねまわるせいでわかりづらかったが、辛うじて、弱い呼吸を確認できた。
 ほっと息を吐くと、心配していたらしいエアームドが、大丈夫?とばかりに顔を近付ける。
「大丈夫だよ、多分・・・・・・病院に連れて行こう」
 力を貸してくれ、と甲冑のような首を撫でると、エアームドは心得たとばかりに甲高く鳴いた。
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