短篇書架

□月下に美人
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 ・・・・・・誰ならいいだろう
 梓は、食堂に訪れる生徒をつぶさに眺めていた。
 食堂に訪れる生徒は皆夕食を目当てにやってくる。それは梓も例外ではなかったが、彼女はそれとは別の目的も持ってやってきていた。
 ・・・・・・う〜ん、こうして見るとやっぱり・・・・・・いや、う〜ん
 梓の思考は堂々巡りするばかりだった。お新香を摘まんだままの箸が、冷めかけの膳に影を落とす。
「・・・・・・さっきからなにをぶつぶつと言っている?」
「はいっ?」
 不意に真横から声がして、梓はハッと横を向いた。
 目の前には、切れ長の黒眸。
「えっ、は、立花先輩!?」
「・・・なにを驚いている」
 黒い瞳が心外そうに梓を映す。
 先程隣に座ると断っただろうが、と彼は呆れたように呟き、梓を視線から外すと湯呑みの中身をひと口啜った。そういわればそんな気がします、と彼女は言って、動揺を隠すのに汁物を口に含む。
 とたん、
「箸」
 と仙蔵が言ったので、反射的に椀の中身を見ると、自分の失態に吹き出すところだった。沈めた箸の先に挟んだままのお新香にワカメが絡まっている。慌ててそれを口の中に隠すと、味噌汁の塩気とお新香の酸味で息が出来なくなった。
「阿呆」
 すぐ横からため息が聞こえた。
 口の中のものをなんとか飲み下し、口直しに茶を飲む。
「すみません・・・・・・」
 なにに対しての謝罪かは自分でさえよくわからないが、とりあえず、行儀の悪さに対してでいいだろう。
 たぶん、相対するのが作法委員会の長でなければ、謝罪などしなかったろうが。
 仙蔵は怒るでも許すでもなくまあいいといった表情で梓を見る。いつもの顔、といえばその通りなのだが。
「えーっと、私、ぶつぶつなにか言ってましたか・・・?」
「あぁ。誰ならいいだとか、こうして見るとどうとかな」
「・・・・・・」
 顔から火が出るとはこのこと、と梓は身を以って知った。両手で覆い隠した顔が熱い。利き手に持ったままの箸が額に当たって痛い。
「なにを吟味している?」
「そんな大層なものじゃありません!」
「ほう?私が接近したことさえ気づかないで生徒を観察していたようだから、余程の理由があると思ったのだが」
「わ、私にとっては大事です!」
「どれ、話してみろ」
「単位がかかっ・・・え?」
 掌と箸を退けた視界に、にやりと歪んだ端正な顔があった。
「お前にとって大事な理由と言うのを話してみろ」
 梓は考える。
 あ、この人ならいい!
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