短篇書架

□煙に巻く
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 梓と二人で掃き集めた落ち葉の山が燃えている。中にうずめたサツマイモは、まだ焼けるのに時間が掛かりそうだった。
「秋はいいよね。美味しいものがたくさんあって」 
 そう言って梓が笑うのを、兵助は眼を眇めて見ていた。
 睨んでいる訳ではない。
 先程から、焚き火の煙が眼に染みてしかたない。火の傍に屈む梓は平気らしいのだが。
 煙に追われる。どういうわけか、兵助はそういう体質だった。逃げても逃げても煙につきまとわれるのだ。火の番など、できればやりたくなかったくらいだ。
 それでも、引き受けている。
 理由は、少しでも梓と話していたかったからだ。
 それなのに。
「秋は、けほっ」
 せっかく彼女が振ってくれた話題も、煙に咽せてろくな返しが出来ない。そのうえ普段から低い自身の声が、掠れて余計に低く聞こえる。怒った声より低いのではないかと自分で思う。
 喋りづらいことを、今ほど厄介に感じたことはなかった。
「大丈夫、久々知くん?」
「あ、ぁ」
 あぁ、の発音さえろくにできていない。これで会話になるはずもなく、先程から話しているのは梓。それも、気味の悪い沈黙を破る程度にぽつぽつとだ。
 早く八左ヱ門辺りが来ないだろうか、と内心で言ちた。
 そうすれば・・・
 そこまで考えて、撤回した。
 さっさと芋が焼けないだろうか。そうすれば、この煙と離れられるのに、という思考にすり替えておく。
 その時だった。
「久々知せんぱーい!」
 と元気に自分を呼ぶ声がして、兵助はそちらを向いた。
 一年生の二郭伊助が駆けてくる。
「いす、け?」
 けほと喉に支えるものを感じながら伊助の方に歩み寄る。やはり、煙はついて来た。
「あ、梓せんぱい、こんにちは!」
「こんにちは、伊助くん」
 梓と伊助がにこやかに挨拶を交わす。
 それに心中穏やかでないものを感じる自分が情けなく思った。
「焚き火ですか?」
 伊助がそう問うたのを、
「あぁ、庭掃除で出た落ち葉を燃やすついででな」
 梓より先に答える。
 しかし、
「そうなの。お芋焼いてるの。いっぱいあるから、あとで食べにおいで?」
 と梓がにっこり言うのだからあまり意味がなかったのだが。
 伊助が喜んでいるのを見下ろしながら、溜息を吐いている自分がいた。
「伊助、なにか用か?」
 さっさと本題を迫るに限った。
「はい、ついさっき火薬が届きました。煙硝倉に納めるから、火薬委員は全員集合だそうです」
 そういえば、納期に間に合っていない火薬があったと思い出す。
「わかった。梓、ここをひとりにするけどいいか?」
 振り返った梓は、にっこり笑って手を振った。
「大丈夫だよ。いってらっしゃい」
 こんな時に、彼女が振り撒く笑顔が誰に対しても等しい事が悔しく思われるのだった。 



 
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