短篇書架

□親切にするということ。
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 中庭を通り、図書室に行く途中だった。
 なにやら話し声が聞こえて、梓の意識はそちらに向いた。
 あれ・・・・・・?尾浜勘右衛門だ。
 梓は遠目に独特の髪型をした同輩を見た。彼の周りには、一年生が三人纏わりついている。は組の乱太郎、きり丸、しんべヱだった。
 話しの内容から察するに、一年生の三人に勉強を教えているところらしい。
 ふぅん、と梓はしばし立ち止まってその光景を眺める。
 ・・・・・・尾浜って、やっぱり面倒見いいんだ。
 教え方、上手だな、などと考えながら、梓は図書室に向かった。


 梓は、尾浜勘右衛門イコール親切なやつ、と認識している。
 というのも、梓の目撃する勘右衛門は、大抵誰かに情けを掛けている姿なのだ。
 情けを掛けているといっても、甘やかしているという意味ではない。飴と鞭を使い分けているとでもいうのか、きちんと人を導くような、そんな手助けをしている姿だった。
 それは、梓にとっては羨ましかった。
 彼は誰かに必要とされている、それがありありとわかるから、羨ましかった。
 自分で自分を、人にやれと言われたことは出来ると思う。 
 だが、自分から歩み寄ってなにかをするというのが出来ない。積極的に誰かを助けるというのが、出来ない、そう断じている。
 彼女は昔から、進んで人の傍に寄るのが苦手だった。家族にすら、どこか遠慮がちに接していた節がある。忍術学園に行儀見習いとして入学させられたのも、社交性を身につけるためだった。
 実家が商家の彼女は、しかし接客が出来ない。せっかく看板娘に据えられるような器量を持っているのに、店の奥に引っ込まれて、両親には迷惑がられた。
 要は、疎まれていたのだ。
 いや、今もそうかもしれない。高い学費を出して学校に置きながら、一番期待した人付き合いになんの改善も見られないのだから。
 五年経った。
 なのに、なにも克服出来ていない。
 友人と呼べる人間を数えるのは片手を使えば足りたし、人と話すのも得意ではない。くの一教室の生徒が噂話や恋の話で盛り上がっているのは、はたで聞いているのも疲れる。
 そのためか、周りからは浮いていた。
 事実だけでいえば淋しいことなのだが、梓はひとりで平気な質だった。いや、平気になったのだ。
 ひとりでいると、他人が気になる。
 誰々は自分をどう見ているとかではなくて、自分以外、友人や家族でなければ他人なのだから、意識が自己に向かなければ、気になるのは必然的に他人だった。
 そこで眼についたのが尾浜勘右衛門である。
 周りに人を侍らせるのではなく、鬱陶しい(と、彼女が思うような)馴れ合いをするでもない忍たま。
 始めはそんな感じだった。それが、彼に対する興味の起こりだった。


 図書室で梓が探すのは、社交性を身につけるための方法とか、友人を作る方法とやらが書かれた書物だった。
 かれこれ類似の本を十冊は読んだが、効果の程は得られていない。本に書いてあることはだいたい同じで、それが実践できるなら始めからこんな本は読まない、と愚痴りたくなるような内容だった。もっとも、愚痴る相手はいなかったが。
 最近は、本に人付き合いを克服してもらうのを諦めて、料理本だったり小説だったりを読むようにしている。
 恋愛小説は、もしかしたらくの一教室の生徒たちと共通の話題になるかも、と淡い期待を抱きつつ手に取っている。
 だが、自分が恋愛に興味がないことに気がついた。
 恋する乙女に感情移入が出来ない。
 誰かに胸焦がれて苦しくなるという現象が理解出来ない。
 結局、今日は花嫁修行に役立ちそうな実用書を借りることにした。
 恋愛に興味がないとはいえ、いずれ親が結婚相手を決めて娶せる。その時のために、不束な花嫁の烙印を押されないように、ひいてはきちんと教育も出来ていなかったと親に恥をかかせないように、こういう勉強が必要だとは知っていた。
 図書委員とは顔なじみだ。彼らには、おすすめの本を尋ねるくらいは出来るようになった。
 ただ、図書委員が図書室にいると、私語禁止のルールに則り、交わす言葉は多くない。よって、彼女の社交性が高まるといったことには繋がらないのだが。
「梓ちゃんは言わなくても守ってくれるけど・・・」
 今日の図書室の当番は不破雷蔵だった。彼は、図書委員の中でも友好的なタイプで、梓も彼なら少しは話せた。
「ちゃんと十日以内に返します」
「そうしてもらえると助かるよ。あ、十日後に新しい本が入荷するんだけど、どうも梓ちゃんの好きな本は入らないかも」
「・・・・・・そう。・・・・・・残念だな」
 この程度の返しをするのが、いっぱいいっぱいだったりする。
 雷蔵が、梓の好きな本というのをどういうジャンルと捉えているのかはよくわからない。だがたぶん、社交性をあげる類の本は入荷しないのだろうが。
 

   
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