短篇書架

□献身的な妨害
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 どうも、尾浜勘右衛門です。
 突然ですが、現実逃避したくなる場面ってあるよね。
 例えば、こんな場面とかさ・・・・・・。

 学級委員長委員会の集まりは、最近つつがなく終わるということがなくなってきた。
 もともと、大した話し合いなどはしていない。苦労話や愚痴を言い合うだけ、お茶やお菓子を摘まむだけの集まりだ。
 それさえ、なかなかどうしてスムーズにいかない。
 理由は単純なのだ。
 学級委員長たちが緩い雰囲気の中、自分のクラスではこんな事件があった、あんな問題が出た、などを話している最中。
 学級委員長委員会が使っている会議室に、ひとつの足音が近づいてきた。
 一年生の庄左ヱ門と彦四郎は、それには気づいていないようだった。
 だが、勘右衛門と三郎の耳は足音を察知し──溜め息を吐いた。足音の主がわかるからだ。
 なんで三郎まで溜め息吐くんだろう、と勘右衛門は思うが、口に出すことはしない。
「溜め息も出ちゃいますよね。佐吉と伝七ももうちょっと・・・」
 上級生ふたりが吐いた溜め息が自分の話の同調だと思ったらしい彦四郎。それをあえて否定せず、勘右衛門は曖昧に笑って頷く。
 足音が、会議室の前で止まった。これでも一年生たちは気付かないらしい。
 障子が開かれて、現れたのはくの一の少女だった。
「・・・梓」
 三郎があまり嬉しくなさそうな調子で名前を呼ぶ。
「こんにちは!」
 ぱぁっと笑う彼女は、三郎の恋人である。
 だが、学級委員長ではない。従って、ここに訪れる理由はないのだ。
「来ちゃった!」
「来るんじゃないっていつも言ってるだろう」
「だって、三郎に会いたかったから」
「まったく」
「あ、そうだ。みなさんお茶でも飲んでひと息入れようよ!」
「お茶で誤魔化そうとするんじゃない」
 ・・・・・・そんなでれでれの顔で言ってもなぁ。ふたりの世界から追いやられた勘右衛門と庄左ヱ門と彦四郎の溜め息が交差する。今日も三郎は雷蔵の顔に変装しているが、その顔が本物はしないであろう、歪みきった表情になっていた。
 だいたい、誤魔化されてるのは三郎なんだけど。梓が手際よく茶を淹れて配るのを、勘右衛門は愛想笑いで受け取りながら呆れていた。
「このお茶はなんですか?」
 庄左ヱ門が訊ねる。
「善法寺先輩にいただいたの! 疲労回復に役立つお茶なんですって!」
 ・・・誰が疲れてるっていうのさ。三郎なら君に癒やしてもらうとか言ってるからお茶はいいんじゃないの。
 庄左ヱ門と彦四郎は屈託なく、梓に感謝し茶を喜んでいる。幼子には美味しくない茶だろうが、彼らは渋みを楽しんで飲んでいるようだった。味覚までもが老成しているらしい。
 渋い茶を飲み干す。思った通り、ちっとも美味しくない。
 勘右衛門と庄左ヱ門と彦四郎は口々に礼を言った。それを、梓は謙遜する。
「お礼なら善法寺先輩に言ってよ。私は持ってきただけだもの」
「先輩を見掛けたら言っとくよ」
 勘右衛門に対し、庄左ヱ門と彦四郎は素直だった。あとで医務室あたりに出向くつもりらしい。
 三郎はまだ茶に手を付けていない。
 なんだ、早く飲んで梓を返して、学級委員長委員会の会議を再開させないか。勘右衛門は三度目の溜め息を吐いた。
「梓」
 少し低い声で三郎は恋人を呼んだ。
「なぁに?」
「善法寺先輩だって、ただでお茶なんかくれるわけないだろう」
 どうやら、浮気でも疑っているらしい。険しく眇められた双眸が、梓の眼に据えられる。
「うん。薬草を乾かすお手伝いをしたから、そのお礼にもらったの」
「・・・なに?」
 浮気の疑いは無くなったはずなのに、三郎は神妙な面持ちを崩さない。
「善法寺先輩の手伝い?」
「ひとりでやるの大変そうだったから」
「怪我はしてないか!?」
「? うん」
「あの人の不運が移ったりしてないか!?」
「移ってないよ」
「わからないぞ、自覚症状がないのが不運というものだからな」
「それは病気じゃない」
「ここに来る途中変なことは起きなかったか? 落とし穴に落ちたり蛸壷に落ちたりしなかったか?」
「大丈夫だよ! だって、ほんとに不運になってたら三郎に会えてないはずだから」
「・・・・・・!」
「会えて嬉しいよ三郎っ!」
「・・・・・・私も、嬉しくないことない・・・・・・」
 ・・・・・・ふたりの世界とかもう勘弁してください。
 勘右衛門は庄左ヱ門と彦四郎を連れて会議室をそっと出た。
 会議はもう再開しない。早速、茶を梓に渡してくれた不運な先輩にお礼に行くことにする。
 不運が移ったのは、ふたりの世界を目の当たりにして辟易している自分たちだと信じたい。


 * * *


 学級委員長委員会日誌

  記録者 黒木庄左ヱ門
 活動内容
  会議を開きましたが、話し合いはあまりできませんでした。あと梓先輩が善法寺先輩からいただいたというお茶を飲みました。疲れを取る効果があるということですので、山田先生や土井先生にもぴったりだと思います。
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