短篇書架
□晴耕雨売
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俄かに降り出した雨は止みそうになかった。見上げた空は夜と紛う程に暗く、漂う分厚い雲に切れ間が見えない。
傘など持っていなかった。今は実習後。戦場からの帰りだった。
かといって、別段早く帰る必要もない。実習内容の報告が遅くなったところで、ちいさな子どもでもない自分を心配する者はないだろうから。
それとも伊作あたりは心配するだろうか、とも思う。実習の終わりまで一緒だったのだから、無事であることは承知してるから平気だろうか。
実習は、戦場での敵情視察だった。
長次らが視察した軍は、火器においては随一。しかし、地形が悪かったし、この雨では形勢逆転されているだろう。
それを見越して、提出用紙を纏めた。軍配は敵軍に挙がるだろうと。
追跡に気を付けるのも課題のうちで、硝煙臭い装束は着替えた。通るのも、人気のない、獣道程度の道である。しかも、小山の中ときた。
山を下りた辺りに、ちいさな農村が見えた。どの田畑も収穫を終えたのか、淋しい地帯が広がっている。
田畑に粗末な案山子が突っ立っている。役目を終えたのに片付けられることもないのか。
村はひっそりとしていた。秋というこの時期だ。干した藁で籠や草履を作るのに励んでいるのだろう。
ふと、視界の端に動く影があった。
案山子が風で揺れたものと思ったが、それは、
「そこのおにーさん」
と、長次を呼び止めた。
なんの気配もしなかったのに。
軽い動揺を憶えながら、彼は声の方に視線をやった。
畦道の真ん中に、ぼろの傘を差した質素な身形の女が佇んでいる。
女は口角を吊り上げてこちらに歩み寄ってきた。
よく見ると、若い女だった。年はふたつみっつ上のようだが、印象はあどけない。
「おにーさん、おにーさん。傘も差さずにどちらまで?」
「・・・・・・帰る途中だ」
不審な女だが、これくらいなら答えてやってもいいと思った。
「あら。それはお急ぎ?」
長次は首を横に振る。彼女の意図はよくわからないが、農村の娘である。たいしたことはしないだろう。
「でしたら、うちで雨宿りされてはどうです?いい本、置いてますよぉ」
本?首を傾げると、彼女は古本屋なんですと言った。新手の客引きということか。
「本はお嫌い、おにーさん?」
もう一度首を横に振る。すると、彼女は嫣然と笑った。