短篇書架

□こうよう
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 秋晴れの好い日だった。風も穏やかで木々も綺麗に色づいている。遊山にでも来たような心地になるが、あいにく今日は委員会活動だ。
「伏木蔵と乱太郎はこの辺りで。左近は沢の辺りで。数馬は少し向こうの白樺の辺りで。僕はもう少し奥に入るから、なにかあったらすぐに呼んでね。それじゃあ、みんな怪我しないように!」
 委員長の指示で、保健委員は方々に散っていく。
 そして数馬が進んで行った白樺の並び立つ辺りは、主に毒草の生える土地だった。
 言われた通りの植物を、背に負った籠に刈り入れていく。毒も扱いようによっては薬になると、穏便な委員長は言う。今日採った植物は、後日薬を作るのだが、その時に伊作は、数馬にも製法を教えるつもりらしいのだ。それが、気分を高揚させた。ひとりではつまらない薬草採りも、すこし楽しく進められる。
 だいぶ開始地点から離れてきた。
 乱太郎たちの姿はおろか、声さえも聞こえない。そのことに気付かず、数馬はさらに奥に入っていった。
 やがて、林立する樹木が変わっていることに気が付いた。
 毒草に手をかけたとき、幹の色が白ではないとハッとなった。
 見上げると、鮮やかに染めた葉を飾った梢が頭上を覆っていた。はらはらと舞う一葉が、彼の頭に降りて滑っていった。
 赤や黄色の葉を透かして、光陽が降り注ぐ。
 木の葉が風に揺れると、光と影もさざめく。葉の色の加減も変わり、見ていて飽きない光景だった。
 わぁ、すごい・・・・・・!
 これを、見せてあげたい人がいる。
 もちろん、保健委員のみんなにも見せたいが、それより大事な人がいる。
 梓に見せたら喜ぶかな。
 数馬は現在片思い中である。その相手こそ梓であり、同じ学年のくの一教室の行儀見習いだ。
 ふたりの仲になかなか進展はない。
 あのお団子屋さんがおいしいらしい、と食べ物の話題を呈すればじゃあ食べに行ってみようよ、という話しになるし、あの市で珍しいものが見れるみたい、と見世物の話題を呈すれば、じゃあ観に行こうよ、という流れになるが、あまり行けた試しはない。約束の当日になって、なにかしらのアクシデントにより中止せざるをえなかったからだ。
 そんな関係を、かれこれ二年間。
 風雅なものを好む彼女が、特に秋の色彩を気に入っていることは知っていた。
 それにちなんで贈ったものもある。
 花のような笑顔で喜んで受け取ってくれた時のことは、ずっと忘れられない。
 お土産にもみじを持っていこうかな。
 先に薬草採りを終わらせないと。
 でもきれいだなぁ。
 そんな風に気を取られながら歩いていると。
 急に、足元の感覚が無くなった。
 背筋の寒くなる浮遊感に襲われ、重力に従って彼は崖から滑り落ちていった。
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