短篇書架
□病める者在り
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飛んできた袖箭を、かわすべきか苦無で弾くべきか。
それくらいは悩まずに即決してもらいたいところである。
梓は溜息を吐いて、悩んだ挙げ句、袖箭が直撃してできたという傷に消毒液を塗った。雷蔵が悲鳴に近い声を上げて身を捩る。新野の作り置きの消毒液がなかったので、伊作の作った消毒液を使ったのだが、こんなに痛がられるとは思わなかった。失敗作だろうか。
聞けば、五年生は山中での敵の追跡の演習だったとか。それで、雷蔵は追われる役だった。
追っ手が迫り、やむなく戦闘に入った。袖箭といっても誰とは思い付かないが、模擬戦闘の相手は戦闘好きなようだ。
「迷いすぎてちゃいつか死んじゃうわよ?」
「うん・・・袖箭に毒が塗ってあったらって考えたらぞっとするよね」
「・・・・・・わかってるなら」
もう一度、梓は溜息を吐く。手当てに使った道具を片付け、雷蔵と連れ立って医務室を出た。
くの一教室の中で、雷蔵の評価は決して良いものではない。
迷い癖。それが、彼をまるで駄目人間のように聞こえさせるのだ。
確かに、忍としてはいけないのだが、人間としては迷うことになんの不思議があるというのか。梓は首を傾げていた。
それに、雷蔵のどこが駄目だというのか。
迷い癖はあるけど、優しいし、図書委員だけあって本から得た知識は豊かだし、面倒見もいいし、三郎に顔を拝借されても嫌がらないし。
他にもいいところはあるのだと、雷蔵を駄目呼ばわりする女子生徒に力説しようとすれば、結構だと断られた。
それは彼女たちが悪いのではないのだが、気分はよくない。
好きな人の評判が良くないのに、苛つかない方がおかしい──それが梓の主張だった。
それはつまり、雷蔵が好きだと言っているも同然だから、大声では言わないが。
忍には三禁がある。酒と、欲と、色だ。
くの一は男の忍より、色の戒めが強い。何故なら、仕事柄恋が差し支えるからだ。
恋患い。聞こえは可愛らしいが、言い換えれば身を滅ぼしかねない病のことだ。
罹ったら最後、と先人は説く。罹って、再起不能に陥った仲間を見てきた先人の言葉は重かった。
でも、と梓は思う。
せめて、好きな人が幸せに生き長らえてくれれば・・・そう願うのは許して欲しい。