短篇書架

□それは呪いの言葉にとてもよく似ている
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 羽咋家が賊に襲われた。
 助かった者はいない。家人も、住み込みの手伝いの者も、賊に殺されてしまった。
 彼女が震える手で持つ手紙には、そのようなことが書いてあった。
「みんな、私の婚礼準備で浮かれていたから・・・・・・」
 わななく唇から、絞り出すような声で梓は言った。梓の顔が、夕闇に白く浮かびあがっている。ショックで色を無くしたのか、その顔は蒼白と言って差し支えなかった。
 夕暮れの用具倉庫の裏。光の届かない場所で、梓は今にも消えてしまいそうだった。
 おとなしい性格の彼女ではあるが、覇気がないというのは誤りだ。いつもはきらきらと世界を映す瞳が、細波の立つ水鏡のように、ぼうと留三郎を反射していた。
 本当に、梓なのだろうか。そんな猜疑心さえ顔を覗かせる、幽鬼のように儚い姿だった。
 そこにいることを確かめたくて、留三郎は彼女に手を伸ばした。
 細い肩に触れ、背に流れる髪に触れ、頬に触れる。
 ひどく冷たい感触だった。触れた指先から、背筋に悪寒が走るように体温が下がる。
 しかし、留三郎は安堵した。梓は確かに、眼の前にいる。
 留三郎は梓の背に腕を回し、胸に抱き寄せた。
 大丈夫だ。それが、梓に聞かせたいのか、自分に言っている言葉なのかはよくわからない。
 低い低い梓の体温が、全身に冷水を浴びたように頭の芯から冷やしていく。
 華奢な梓の身体は留三郎の胸にぴったりと収まり、重なった胸から鼓動が伝わる。
 鎮まり返ったそれは、どちらのものだったのだろう。
 腕の中で、梓の震えが少しずつ治まっていく。
 震えが完全に止まり、彼女は、留三郎を突き飛ばした。
 突き飛ばしたと言っても、行儀見習いの彼女に体格で勝る留三郎を大きく離すことはできない。だが、突然のことに留三郎は眼を瞠り、身体は思いの外よろけ、彼女から距離を取っていた。
「・・・・・・読んでみてください」
 梓は手紙を差し出した。ためらいがちに受け取り、眼を通す。
 手紙には続きがあった。
 梓の身の上についてだった。
 許嫁は、羽咋家を不憫に思い、また婚礼準備が整っていたこともあり、財産のない花嫁でも喜んで迎え入れる----そんな内容だった。
 所々墨が滲んでいて、乾ききっていない。そのせいで多少読みづらかったが、留三郎はそれに触れなかった。
 手紙の送り主は、その許嫁だった。
 その名前を、留三郎は知っていた。いつだったか、実習でその家の家宝という掛け軸を取ってきたことがあった。
 まさか、梓の許嫁が上級武士だったとは。
 彼女の家は、武家といえども出世の望めない家柄だった。
 だから、この婚約が整ったとき、それは稀な幸運だと、とても恵まれていると、誰もが喜んだ。
 それを本人は、造り笑いで語ったが。
「私は、なんて恵まれているのでしょうね」
「・・・・・・」
「明日、あちらの方が迎えにきてくださいます」
 梓の声は震えていた。
「だから、もうおしまいです」
 留三郎の手から、手紙が奪い取られる。
 丁寧に畳まれるそれに、ぱたぱたとまた新たな墨の滲みが出来るのを、留三郎はただ見下ろしていた。
「今までありがとうございました」
 ゆるりと首を垂れる様子は、良家の乙女に相応しい貞淑さが伺えて。
 そんな彼女に掛けるのに、留三郎が思い付いたのは、幸せになれよ、のひとことだった。
 顔を上げて、梓ははいと返事をした。
「留三郎さん」
「・・・・・・なんだ?」
「愛してます」
 蒼白い面に、微笑が浮かぶ。
 彼女が最後に向けたのは、留三郎が一番嫌いな造り笑いだった。
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