短篇書架

□帰りたいところに集まってみました
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「⋯⋯きり丸、そんなに急がなくてもいいだろう?」
「いえ土井先生! バイトをたくさん入れちゃったんで、早く帰って片付けなくちゃならないんっす」
「バイトって、お前なぁ」
 連休ということで、半助の家に帰ろうとしていたふたりは、同じく実家に帰るという乱太郎、しんべヱと別れ、妙に急ぎ足になっていた。
 はぁ、と半助は軽く溜息を吐くが、あまり呆れた感じではない。バイトが、きり丸の生活の糧や学費を稼ぐ方法だということはよくわかっている。しかし、それを手伝わされるのはあまり乗り気ではなかったが。
 連休前、宿題は多めに出した。は組の生徒から文句が飛び交ったが、教えたはずの内容なのだ、きちんと済ましてくれることを祈っていた。それはもちろん、きり丸が相手でも同じなのだが、彼はバイトに宿題をやる時間を割くのだろうか。
「帰ったらまず家の掃除だぞー」
「はいはい、わかってますって」
「あぁ、その前に私は大家さんに家賃を払ってくるからな」
 払う、とかを言うと、きり丸は自分の金でもないのに嫌な顔をする。どよんとしたまなざしを寄越したきり丸の額を指でぴんと突いて前を向かせると、その足がぴたと止まった。
「⋯⋯どうした?」
「先生、あれ⋯⋯」
 ついと指を伸ばして指したのは、道のわきに広がる草原。
 長い草が茂り、穏やかな風が吹いては緑の波がさわさわと揺れていた。
 きり丸の指差した先、草原の中程に、不自然に草がない場所があった。
 よく見ると榛色のなにかが見える。色からして、木の枝かなにかだと一瞬思った。
 しかし、
「⋯⋯誰か倒れてませんか?」
 きり丸の指摘は正解だった。
 ふたりして長い草を掻き分け駆け寄ってみると、倒れていたのは若い女だった。少女といっても差し支えないかもしれない。
 少女を抱き起こした瞬間、死体かと思った。
 ひどく冷たい身体。
 半ば慌てて手首を取って脈を診る。すると、弱々しい拍動が指先に伝わった。
「行き倒れか?」
 胸をなで下ろして呟いたものの、その考えはすぐに打ち消した。
 少女の顔は黒く汚れ、くすんだ茶色の小袖と藍色の帯には所々焦げたような跡がある。
 少女をよく見ると、手にたくさんの肉刺があった。農家の娘のようだった。
 農家の娘なのに、衣服から漂う、ほのかな焦げた匂い。それは草の香りと混ざり、きり丸には嗅ぎ分けられないだろうが。
 半助の中で、彼女の境遇が一瞬にして浮かぶ。
 ちらときり丸を見ると、少女の状態に気がつかないのか、このお姉さんどうするんすか?と呑気に訊ねる。
 倒れている老人に関わるとろくなことがないと渋るが、倒れている少女に関わるとなると一考の余地はあるらしい。
「どうするって⋯⋯とりあえず医者に診せよう」
「医者に掛かるお金は?」
「行き倒れから取るわけにもいかんだろうし⋯⋯」
「じゃあ忍術学園に戻って、新野先生に診てもらいましょうよ」
「きり丸⋯⋯自分の金ではないというのに、そんなに払うのは嫌か?」
「はい」
 けろりと言うきり丸に、半助はがくりと脱力する。
「どこか怪我してるかもしれないだろ。あまり動かすのは危険だ」
「はいはい、分かりました⋯⋯あ」
「ん?」
 半助の腕の中で、少女がうっすらと眼を開けた。
 彼女は眩しそうに瞬ぎ、ややあってからびくりと慄えた。
「あ⋯⋯いや⋯⋯」
「落ち着いて。私たちは敵じゃない」
「お姉さん大丈夫?」
 藻掻くように身じろぎしていた少女は、半助の腕から滑り落ちてどたっと地に伏せた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
 ドジっすね、ときり丸が囁く。とりあえず返事はせず、少女を起こす。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「は、はい⋯⋯」
 恥ずかしいのか、声が出づらかったのか、少女は消え入りそうな声で返事をした。
「お姉さん、どうしてこんなとこに倒れてたの」
「⋯⋯それは⋯⋯」
 少女の眼に、暗い影が浮かぶ。乾いた唇を湿らせ、大きく息を吸い、それは、と声を震わせたとたん。
 ぐぅー、と腹の虫の声がして、少女は両手で顔を覆った。
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