御伽噺書架

□水泡と化した人魚姫の献身
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 或る夜のことです。
 人魚の媛が上を見上げていると、不思議なものが見えました。
 海面越しに見る空が、赤や黄色に光っているのです。媛は気になって、水面まで泳いでいきました。
 すいっと顔を出すと、そこには大きな船が浮かんでいました。船は珍しいものではありませんが、光の花は初めて見ました。それに、すごい音を立てるものですから、媛は耳を塞ぎながら空を見上げていました。
 ところが、空がひどい色なのに気が付いたのです。
 媛が今にも嵐になりそうな、と思っていると、船の上でも誰かが雲行きの怪しいのに気が付いたようでした。しきりに声を上げ、陸に戻ろうとしています。おかげできれいな光は上がらなくなってしまいましたが、彼らの安全には変えられません。
 しかし、それより早く雷が落ちました。それから強い雨が降ってきて船員たちが大騒ぎします。風も出てきました。波が高くなって、船は海面で大きく跳ね回ります。
 媛が危ないと思いながら見ていると、船からひとり、ぽんと投げ出されるのが見えました。
 船の上でたくさんの船員が叫んでいます。その人の名前だったのでしょうが、媛は波の音で上手く聞き取れませんでした。
 いっそう高い波に飲まれて、その人が海に沈みました。媛は慌てて海に潜ります。助けようと思ったのです。
 海の中で人影がゆっくりと沈んでいくのが見えました。同時に、その人の腰の辺りから、なにかが離れていくのが見えました。
 媛はその人をしっかりと捕まえて、水面に上がりました。水中で息の出来なかった人間は、苦しげにか弱い呼吸を再開させます。
 人間の眼がうっすらと開きました。
「もう大丈夫ですよ。私があなたを助けますから」
 優しく声を掛けると、人間はありがとうと呟いて、また眼を閉じました。
 媛は一度だけ船を振り返りました。幸い、この人間以外に海に落ちた者はないようです。
 媛は人間を連れて浜まで泳いでいきました。乾いた砂浜に引き擦り上げた人間を、そこで初めてちゃんと見ました。
 若い男の人でした。とても整った顔をしています。人魚の仲間の中にもこれほどの美形は見たことがありません。
 よく見ると、普段眼にする船乗りとは全く違う服装でした。丁寧に仕立てられていて、金の飾りまでついています。腰のところにも金で飾られたベルトを巻いています。剣を帯びるための鞘まで付いているのに、どうしてか肝心の剣はありません。
 変わった方だと思いつつ、媛はそっと海へ戻りました。
 彼がどうしても気になるものですから、岩の影から誰かが助けるまで見ているつもりです。
 やがて陽が登りました。朝陽に照らされた浜辺を、誰かが歩いてきました。若い女の人でした。媛と同い年くらいでしょうか。
 彼女は男の人を見つけると、すぐさま介抱しました。
 媛は安心して自分の住処へと戻っていきました。

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