御伽噺書架

□兄妹が迷い込んだお菓子の家
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 次の日のことです。
 勘右衛門は、父親の仕事を手伝って、森の中で木を切っていました。
 太陽が真上に登ってきた頃、媛が駆けてきました。
「勘右衛門くん!」
「媛? どうした?」
 媛は家で母親の手伝いをしているはずでした。
「お弁当! 父さんも勘右衛門くんも、忘れてたでしょう」
「あ、ほんとだ」
「もう、おっちょこちょいなんだから」
 腰に手を当てて頬を膨らませる媛に、勘右衛門はにこりと微笑みかけます。
「父さんは?」
「あっちの方で作業してるはずだけど・・・・・・一緒に行くよ」
 勘右衛門は斧を置いて、媛と森の奥へと歩き出しました。
 ところが、父親は見つからないのです。
「ここら辺で作業してたと思うんだけど」
「ねぇ、こんなに奥まで入っていくの?」
「んー、まぁ、いい木材を探そうと思ったらね」
「・・・・・・怖くないの?」
「なにが怖いって?」
 気が付けば、陽は傾いていました。茜色に染まった森は、深い影を伸ばし始めていました。もう、お昼ご飯どころではありません。
「狼とか、熊とか!」
「うーん。それは怖いけど、それよりもっと怖いのが森にはいたりするからなぁ」
「そんな・・・・・・! 父さんが心配だわ」
 媛は勘右衛門から眼を逸らすと、注意深く辺りを見回しました。こうなったら、なんとしても父親を見つけるつもりなのでしょう。
 しかし、媛が、今森のどこにいるのかすらわかっていないことを、勘右衛門は気付いていました。かくいう勘右衛門も、ここがどこだかわからないのです。
 元来た道を戻ることさえ、できない状況なのです。
 そのことを媛に告白できないまま、それでも歩いていくと、ちいさな川が見えました。
 辺りはすっかり暗く、星の明かりを映しながら、川がさらさらと流れています。
 そこに架かるちいさな橋の向こう、これまたちいさな家がありました。
「媛、あそこで父さんのことを聞いてみようか?」
「うん・・・・・・」
 媛はすっかりくたびれているようでした。
 ちいさな家を訪ねると、そこには老婆が一人で暮らしておりました。優しそうな老婆でした。
「おやおや、こんな夜更けにどうしたのかえ?」
「実は道に迷ってしまって・・・・・・軒先だけでも貸していただけませんか」
 勘右衛門は弱って言いました。
「おやおや、それは難儀よのう。よろしければお上がんなさい、泊めてあげましょう」
 老婆の眼は真っ白でした。杖を着いているところをみると、見えていないようです。
 老婆は覚束無い手つきながら、二人にお茶を淹れました。
「お腹が空いただろう、この家をお食べ」
「家を?」
「そうだよ、ここはお菓子の家さ」
 老婆は見えない眼を細めて笑いかけました。
 勘右衛門と媛はお互いの顔を見合わせて戸惑いました。やがて、勘右衛門が恐る恐る、テーブルの上の花瓶から、一輪の花を取って、花弁を千切って口に運びます。
「・・・・・・あ、美味しい」
「ほんとに?」
「媛も食べてごらんよ、飴の花弁だ」
 媛はこわごわと花を食べ始めました。すると、勘右衛門の言う通り、甘くて美味しいので、他の物にも手を付けました。
 花瓶は飴細工、コースターはクッキー。ふかふかのソファーはカステラ、クッションは色とりどりのチョコレート。
 窓だって、壁だって食べられちゃうのです。二人は大はしゃぎして、家を食べていきました。
 そしてお腹がいっぱいになると、身を寄せ合うようにして眠ってしまったのです。

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