御伽噺書架
□運命を紡ぐ金の糸の綻び
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或るところに、ひっそりと夫婦が暮らす家がありました。家は森の奥にあり、誰にもわからない場所にありました。
妻は末若く、名は媛といいました。
彼女が夫に嫁いでから、一年近くが経っていました。
冬も近付く或る日、媛は家で縫い物をしていました。
夫のズボンを直しているのです。夫は不運で、転ぶなんてことはしょっちゅう。幸いにも大きな怪我をしたことはありませんが、服はその度に擦り切れていきます。それを繕っているのです。
「⋯⋯できた!」
ズボンを畳んで仕舞ってから、媛は真新しい布を手に取りました。すべすべとした、滑らかな手触りの布地です。
作るものはもう決めていました。
白墨を取って、布地に線を引いていきます。
そのとき、外からどさっと物音が聞こえました。
「帰ってきたのかな?」
きっと、最愛の夫がこけた音だろうと思って、媛は扉を開けて外をのぞきました。
「伊作?」
と声を掛けた媛が眼にしたのは、しかし転んだ夫ではありませんでした。
夫は倒れていたのです。
驚きのあまり声も出ません。
そして倒れている伊作の傍に立っているのは、剣を帯びた騎士でした。
剣を抜いてこそいませんでしたが、騎士の気迫は、媛を恐怖させるには十分でした。
騎士は言いました。
「媛殿とお見受けする」
騎士のマントの左胸には、紋章が刺繍されていました。
それはこの国の紋章でした。媛が裏切った、強欲な王が治める国のものです。
王さまは、媛を妻にと求めておいででした。それを、伊作と逃げることで断ったのは、一年近く前のこと。
それから王さまは、媛と父親を執拗に捜していたのです。
ですが、伊作は悪魔でした。
悪魔の術で、王さまに見つからない場所に、媛をずっと隠していたのです。
父親も、隣国に旅立っていましたので、まず見つからないはずでした。
「私と供に来てもらおう。陛下がお前を捜している」
「⋯⋯いやです」
媛は首を横に振りました。しかし、騎士は動じません。
「ほう。久し振りに父親に会いたくはないか⋯と訊いても?」
「⋯⋯お父さん?」
まさか、この騎士は、父を捕らえたとでもいうのでしょうか。媛と違って悪魔の加護を受けていない父ですが、隣国まで追っ手が迫るとは考えもしませんでした。
「なにを迷うことがある。父娘仲睦まじく、国王陛下のお膝元で暮らせば良いだろう?」
騎士が媛を指差しました。
それは、伊作が魔術を使うときの仕種と、よく似ていました。
指先から、光が放たれたような錯覚を憶えました。
眼も眩む閃光。それが治まると同時に、意識が溶けるように、媛は眠ってしまいました。