その他書架
□これからのこと
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セナの用事がどのくらいで終わるものなのか、聞いてもいなかったダイゴは、ただ時間を持て余した。
セナのメガニウムは窓辺で、外の枝に休む鳥ポケモンと話している。なにを話しているのだろう。リオンがいれば、退屈はしないのに。
他人の家で落ち着くのもおかしな話で、リビングで出されたコーヒーを飲むのも飽きた。
手持ちのポケモンに構う気にもならないし、仕事の道具も持ち合わせていない。マルチナビに触ろうとも、テレビを見ようとも思わなかった。
人気のない他人の家など、ただただ退屈だ。洒落た内装の家とはいえ、ダイゴに家具調度なんかを眺めて楽しむ趣味もない。
こうなってくると、リオンのことばかり、頭に浮かんだ。
容態が気掛かりだ。
ロゼリアとハクリューに任せて大丈夫だというのか。
ダイゴが腰を浮かせると、メガニウムがこちらを見た。
「リオンはどこにいるんだい?」
「ニュ?」
「ちょっと様子を見たいんだ」
「ガニュー」
こっちだよ、とばかりにメガニウムは歩き出した。先程通った吊り橋を渡り、さらに向こうの部屋へ移る。
客間と書かれたプレートが掲げられた一室へ着くと、ハイネは恭しく後ろへ退いた。ダイゴに入室を促しているらしい。
一応、失礼します、と断って、中に入る。返事はない。
客間も、リビングとそう造りは変わらない。趣味のいい家具調度が最低限に揃えられている。
突き上げの窓が開いていた。そこから入り込む陽射しが、部屋の唯一の光源だった。
部屋の奥にしつらえられた寝台に、リオンは横たわっていた。
フィオレとマーレが付いていると言われたが、その二匹はダイゴの予想と反して、看護をしていない。リオンにぴたり寄り添って眠っている。ぐっすりと眠る二匹は、ダイゴの気配を感じ取った様子もない。考えれば、あれだけ傷ついたポケモンに看護を任せるというのも変な話である。
ダイゴは跪いて、リオンの寝顔に手を伸ばした。
光の乏しい空間において、寝台はなにかを祀る祠や祭壇のように思えた。その中に眠るリオンは、まるで作り物のように微動だにしない。
リオンは白い服に着替えさせてある。髪はきちんと乾かして、泥なんかの汚れは拭き取ってあった。
健やかな寝息が聞こえる。頬は薔薇色で、容態は安定しているらしい。
触れると、冷たい指先にじんわりと体温を与えてくれる。いつの間に冷え切っていたのだろう、この指先は。
天使のようだとダイゴは思う。清らかな寝顔だった。
見ているだけで触れたくなる・・・・・・邪心が起こって仕方ない。
欲に従って触れてみると、それはさらに激化する。
まるでこの純潔に焦がれているよう。
もしくは、誑かされているのか。
───保護対象の少女に?
このままことを進めてみろ、そうすれば間違いなくリオンを傷付ける。
自分の欲なんかで、彼女を傷付けしまう。
それでは、リオンを襲った犯人と同じではないか。
保護から反することをするな。リオンと一緒にいられなくなるから。
・・・・・・いや、それとも、とダイゴは思う。
「ガニュー!」
背後で、メガニウムが歓喜の声を上げた。
はっとして振り返る。入り口で、セナがメガニウムを撫でながら立っていた。
いつの間にやってきていたのか、ダイゴは気配を全く感じていなかった。
「ただーいまっ!」
にっこりと、セナ。
「お帰りなさい・・・・・・意外と早かったんだね」
早過ぎだと内心で毒吐いた。彼女の家なのだからいつ帰ってきても口出しはできないのだが、あまりにもやましかった。それはもちろん、リオンに触れているのを、この友人に見られたくはなかったからだ。
それをセナは知ってか知らずか、
「まぁねぇ。人に仕事押し付けてたのを、美味しいところ掻っ攫ってきただけだからさぁ」
飄と言って、わざとらしく寝台を覗き込む。ダイゴはさっと手を引っ込めた。
「それよりどう、リオンちゃんの容態は?」
「大丈夫そうだよ」
「そう、よかった。・・・・・・よく寝てるね」
するりとダイゴの前に出て、リオンに掛け布団を掛け直す。
「お腹空いちゃった。オクタン焼き買ってきたからさ、向こうで食べよう?」