その他書架

□空を駆ける
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 セナの家は、部屋と部屋とが吊り橋で隔てられているため、各部屋は蓋付きの金属パイプで繋がっている。
 このパイプは、ラッパのように声を届けることができる代物だ。今のように、ちょっとしたことを言い付ける際に便利である。
 だが、
「・・・・・・よく響くよね、その管」
 ので、パイプに “叫ばれる”と、伝達を受ける側は耳にダメージまで受けてしまうのだ。
「連絡管だってばー。便利でしょー」
 セナは手慣れた様子で朝食の支度をしていた。トーストと、ツナサラダが三人分載ったテーブルに、焼きたてのオムレツを用意している。
「ガニュウ」
 メガニウムが、どうぞとばかりにコーヒーを淹れてダイゴに寄越す。あぁ、ありがとう、と受け取り、ひと口啜れば、申し分ない味加減のブラックだった。主人に似て、好い仕事をしてくれる。
「さぁさ、座ってー」
「・・・・・・リオンは? まだ寝てるのかい?」
 リビングを見る限りいないが、連絡管からの大音響で起きないはずもないだろう。そんな風に思っているとセナは、いやいやぁ!と笑い飛ばした。
「私より早起きして、家事手伝ってくれたんだよ。今はお外でポケモンたちのご飯と、洗濯物干してくれてる」
 いやぁ、リオンちゃんはいいお嫁さんになるよねぇ!
 そんなことを、セナはスープを器に注ぎながら呟いた。モコシの実を使ったポタージュが、ゆらゆらと湯気を立てている。
「・・・・・・そうだね」
 と、コーヒーを飲み干して相槌を打つ。
 ───仮に、リオンと結婚すれば、精神的な安寧は得られるだろう。料理は上手ではないが、働き者だし。ポケモンたちへの対応も細やかだ。なにより、僕の趣味を理解してくれている───そこまで考えて、ダイゴは意識的に考えることをやめた。
 婚約者というものがいる身で考えることではない。
 婚約者は、所謂 “大和撫子”タイプの女性だと聞き及んでいる。リオンとは違い、料理が、特にジョウト地方の料理が得意だそうだ。
 ・・・オクタン焼きとか、お茶漬けぐらいしか思いつかないけど
「あ、おかえりー!」
 セナが、入り口の方へ声を掛けた。顔を上げると、リオンが吊り橋を渡ってやってくるところだった。
「只今戻りました」
 今日も彼女はセナのお下がりを来ていた。飾りのないカットソーと、細身のパンツは薄い茶系で揃えてある。羽織ったロングパーカーは、青みがかった濃いグレイ。
 セナの趣味でコーディネートされたのだろうが、リオンにはよく似合っていた。
 昨日はそれこそ少女のようなワンピースだったのに、今日はいつも通りの中性的な出で立ちである。
 それをセナに言ってみれば、
「うん? だってこっちのが動きやすいでしょ、ね?」
「はい、とても」
 リオンと頷きあってみせる。
「ダイゴくん、ちょーっとリオンちゃん貸してね? 買い物行ってくるからさぁ」
「買い物?」
「・・・・・・昨日洗濯して気が付いたんだよ」
 洗濯?と、オウム返しをする前に、理解した。
「紳士のSでもリオンちゃんにゃあ無理があるって」
「そうだね・・・・・・よろしく頼むよ」
 ダイゴが婦人服をまとうリオンをちらと見ると、会話の意味がピンとこない彼女は不思議そうに小首を傾げていた。
 今日になって元が付くとはいえ、警察官の眼は誤魔化せないのであった。
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