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□震える夜のこと
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 水の音が聞こえる。ごうごうと流れ落ちる、滝の飛沫だ。
 この洞窟に構える巨大な滝は、来る者を拒む。侵入者を寄せ付けない為か、奥に秘められた秘密でも守っている為か。
 それを易々と登って越えたダイゴは、あっという間に水音を置き去りにした。遭難者救助は、なんとしても速やかに行わなければならない。
 靴底が硬い地盤を踏み進める音は、しばし水音に掻き消されていたが、滝を後ろにして久しくすると、洞窟内に響いて聞こえた。
 煌々と辺りを照らす懐中電灯を少し下げて、周りを見渡せば、薄暗い闇の中、野生のポケモンたちが蠢いている気配がする。ルナトーンが音もなく浮遊して眼の前を通り過ぎていったときは、思わず驚嘆を上げるところだった。
 ポケモンたちを驚かせてはいけないな、とひとり苦笑して、さらに奥に進む。
 ここには何度も訪れている。石を捜すためだから、もっと危険な地帯にだって入り込んだことがある。
 とはいえ、油断はできない。きっと通報したトレーナーだって、初めて訪れたわけではないだろう。初めて探索する洞窟に、あなぬけのヒモを忘れて来やしないだろうから。
 メールにあった、奥地に当たるのはこの辺りだが、人の気配はしなかった。陽も当たらない薄闇の中は、涼しいを通り越して寒く感じられた。
 通報からどのくらいの時間が経っているのか定かではないが、遅くなってはトレーナーが凍えてしまう。
 とはいえ、場所の手掛かりも少ないし、その辺のソルロックにでも、人間を見掛けなかったかと尋ねたいくらいだ。
 リオンを連れて来られたらよかったと、今頃になって思った。父親に問われても起こらなかった罪悪感が、たった今、リオンに対して起こる。
 同行しなくていいのかと、彼女は訊いてくれたのに。
 だからといって、付いて来いと言うべき場面でもなかったが。
 マルチナビを取り出すと、思った通り圏外だった。恐らく、リオンが持っている新型なら、ここでも電波が届くだろう。
 時間を確認すると、リーグからメールを受けてから数時間が経過している。
 おやつの時間だった。空腹を自覚してしまい、すこし参った。飴くらい持って来ればよかった。
 なんだか後悔ばかりしている。あまりクヨクヨしていては捜索活動に差し支えるのだが、一度落ちた気分はそう回復してはくれない。
 手持ちのポケモンに協力してもらうことにした。洞窟の中で、そういったことが得意なポケモンは、とメンバーを見る。
 と、背後で風の音がした。
 遠くて、それでいて大きい。
 それはだんだん近付いてくる。
 まさか、遭難者が・・・・・・?
 いや、しかしメールでは、動けなくなったと・・・・・・
「フラァ!」
 聞き憶えのある、ポケモンの鳴き声がした。
 フライゴンの声だ。
 こんなところにフライゴンは棲息していないため、誰かのポケモンである。
 脳裏に浮かぶのはセナしかいないが、彼女がこんなところに来るはずもない。
 それにリオンと買い物中じゃ・・・・・・などと困惑していると、フライゴンはダイゴのすぐ側で速度を落として、降り立った。
「ありがとう、リラ」
「フラ〜」
 囁き、その背中から少女が降りる。
 一緒にいればよかったと、後悔したばかりのリオンだった。
「どうして、ここへ・・・・・・?」
「わたしは付き人ですから」
 フライゴンの首を撫でながら、リオンは答える。
 その表情は伺えなかったが、きっといつも通り、感情の少ない顔をしているのだろう。
「カゲツさんから連絡を受けました。遭難したトレーナーは、無事に脱出したとのことです」
「カゲツから? 僕にはなんの連絡もないのに・・・・・・」
「ダイゴさんのマルチナビに、繋がらなかったと」
「そういうことか」
 それでわざわざ、セナとの買い物を抜けて伝えに来てくれたのか。そう思うと、彼女がいじらしく思えた。
 自分のために行動してくれたということが、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
「最後に、カゲツさんからこう伝えてくれと」
「・・・・・・なんだろう」
 ふわふわとした気分が、ぎくりと萎縮する。いい予感はしない。
「発掘にのめり込んだりするなよ、と」
 リオンは平坦な口調でなぞった。きっと、カゲツから聞いたそれとは全く違う風に。
 自分が石を発掘することを前提に注意されるのも、なかなか面白くないものだ。
 カゲツがなにを思って、どんな風に話したのか定かではないが、職務が無くなった以上、その後の時間は好きに過ごしていいはずである。
「ここまで来て、なにもせずに帰るのも癪だな」
「?」
 カゲツの言うことを聞き入れる必要はない。
「ちょっと付き合ってくれるかい?」
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