その他書架
□震える夜のこと
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採掘するなと言われても、道具を持ち合わせていないのだから、しようがないのが現実である。押っ取り刀で会社を飛び出したのだから、そんなもの持っていない方が当然だった。
けれど、流星の滝の奥地において、道具がなくとも楽しむ要素は十分にあった。洞窟に潜り慣れたダイゴにとってはだったが。
奥地には、鍾乳洞が広がっていた。
果てのわからないほど高い天井から垂れ下がる鍾乳石は、薄闇にぼんやり、浮かび上がって見える。ぽつぽつと滴る雫が、靴音と混ざってあちこちに反響する。所々、地面まで伸び石柱となった鍾乳石が、この洞窟が生きてきた悠久を感じさせる。
懐中電灯で照らしていても、足場が不安定だとリオンには歩きにくいらしかった。背後でフライゴンがはばたく風圧もよろける原因なのだが、何故だかボールには戻されない。
手を引くことで付いて来てはいるが、後ろからちいさな驚嘆はいくつも聞こえてきていた。
その度に、繋いだ手に力が加わる。
気分が高揚しているのは、久しぶりに洞窟に潜っているからだろうか。
それとも、ぎゅっと握られるその感触にだろうか。
「大丈夫かい?」
「はい。これくらい、・・・・・・」
その後の言葉は聞こえてこない。
続きを気にしつつも、ダイゴはリオンの体調に注意を払った。
「疲れたらきちんと言うように」
「はい」
先日、ふたりでミナモデパートに行った帰り、リオンがなんと言ったのか、忘れたわけではない。
『このようなことで疲れていては・・・・・・付き人は務まらない・・・でしょうか』
あの後、トクサネの自宅で、彼女を守らねばと思ったことを、忘れたわけではない。
もちろん、今、危険にさらしているのは自分のエゴだったが。
見せたいものがあるのだ。
やがて、水の音が聞こえてきた。
ごうごうと流れる滝の音。
細かな水の粒が漂ってきて肌を撫でた。
遙か下から。
「さぁここだよ。足元に気を付けて」
「は、はい・・・・・・」
ぽっかりと、地面が裂けて口を開けていた。
底は滝壺となっていて、落ちたらひと溜まりもないだろう。
視線を上へあげていくと、滝の飛沫が白く輝いてみえる。
鍾乳石や石柱の間を滑るように流れ落ちる水流は、ほのかに甘い匂いがした。
整備された通路から見える大滝と比べるとちいさいが、それでも迫力があった。
時折、キラッとなにかがすばやく流れて落ちる。それは水に砕かれた鍾乳石だったり、隕石だったりで、まるで流れ星のよう。
流星の滝と呼ばれる由縁が、ここにあるような気がするのだ。
「見せたいと思ってたんだ。僕のお気に入りの場所さ」
「きれい、ですね・・・・・・まるで星空みたい・・・・・・」
リオンの顔を覗き見る。
白い顔は薄闇に浮かび、わずかな表情が伺えた。
唇を緩ませ、眼を和ませ、彼女は微笑んでいた。
滝の輝きが蒼い瞳にきらきらと反射していた。
この、最奥の絶景にも負けない、神秘的な色を湛えていた。
連れてきてよかったと、ダイゴは心の底から思った。
「こんな場所が、あるのですね」
リオンの声は、少し熱を帯びていて、不思議な震えがある。感動している人間の声だ。
「珍しい石を捜して色んなところ行くと、こういうものも見るんだよ」
「他にもご存知なのですか」
「あぁ、そうだな・・・・・・カントー地方のシロガネ山を知ってるかい? あそこから見る日の出も美しいものだよ」
「シロガネ山・・・・・・?」
「あとで地図で教えてあげる。他にも見せたいところが幾つもあるな」
今日のきっかけはトレーナーの遭難事故という不運なものだったが、そうではなくて、もっと意欲的に出掛けたいと思った。
世界の絶景も心動かされるが、それに眼を輝かせるリオンを見たい。
もっと一緒に、どこまでも行きたい。
・・・・・・なんて欲深いんだろうな、僕は
苦い笑みが口許に浮かぶが、リオンには見えていない。夜眼が利くフライゴンは目撃していたものの、小首を傾げるだけだった。
「いつか全部見に行こう」
「行きたいです。連れて行ってください」
あ、ちゃんと、体力は付けますから・・・・・・、と困ったような顔をするリオンは、もう限界に近いのだろう。眠たそうに、まばたきの回数が増えていた。
「疲れた?」
「・・・・・・っ、ふ」
リオンは欠伸を噛み殺し、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「じゃあ」
早く帰ろう───そう、言った下から、フライゴンが叫んだ。
「フラァッ!」
リオンの眼がハッと見開かれる。
とたん、リオンの腰元のボールから飛び出してきたロゼリアとハクリュー。まるで主人の危険を察知したかのように。
「『なにか来る!』」
通訳したリオンの声は、怖い程鋭かった。フライゴンが感じ取った敵意を、そのまま表しているようだった。
「なにか、って・・・・・・?」
こんな洞窟の奥に?
振り返って懐中電灯を向ける。
なにかが、乏しい灯りを反射していた。
それはちいさいが、猛スピードで近付いてくる。
ソルロックやルナトーンなんかの野生のポケモンでないことはわかった。
だったらなんだ?
よく見ようと懐中電灯で照らす。
その光が眼に当たったのだろう。それは、眩しげに手でひさしを作った。
クロバットにぶら下がる、人の影だった。
「・・・・・・誰だ?」
リオンを背中に庇おうとするが、あいにく背後は崖である。ダイゴは彼女の手を引いて、地盤の安定した場所に移動した。
そこに、クロバット遣いが降り立つ。
「こんなところにいましたか、救世主さま!」
知性あふれる声が、高らかにリオンを指した。
象牙色のジャケット、キラリと光る眼鏡のレンズ。
高尚にして苛烈な思想は、今日も健在らしかった。
「ツルイ・・・・・・!?」
ダイゴは今度こそリオンを後ろに隠す。
名前を呼ばれたその男は、ブリッジを中指で押し上げて、口の端を吊り上げた。
「おやおや・・・・・・チャンピオンさまに名前を知っていただけていたとは、光栄の極みですね!」