その他書架
□兆し
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父親と風呂に入るなど、いつぶりのことなのだろう。
最後に一緒に入ったのが、二十年程前だったような気がする・・・・・・
昔は、こんなんじゃなかったんだけどな・・・・・・
色々と。
そう、色々と。
そのひとつが、父親の体型。昔は、洞窟に潜るなどして締まっていた身体が、今では張りを無くしている。腹が出ているわけではないが、健康的でもない。デスクワークも多いから仕方ないのだろうが、少し運動が必要なように思えた。
そんなことをぼんやり考えながら、熱い湯に浸かる。
熱いシャワーで身体を洗うだけでも凍えは癒えたが、湯に浸かると疲れがほぐれていくようだった。
「で、怪我というのはどこなんだ?」
浴槽の中ですぐ隣、ムクゲが尋ねる。
「大した怪我じゃないので」
言いながら、顔を背けるように浴槽の縁に左の肘を載せた。
その瞬間、肩に痛みが駆け抜ける。
「うッ・・・・・・」
反射的に肘を引っ込め、肩を押さえた。
血行がよくなり、痛みがぶり返したのだ。
「肩か」
どれ、とムクゲが怪我の箇所を見た。
「打撲か? 冷やしたか?」
「少しは・・・・・・」
川下りをしながら、全身冷やしたのだから嘘ではないだろう。
「薬はどうだったかな・・・後でカヤノさんに聞いてくれ」
「そうします」
「あまりひどくないようでよかった」
ゆるりと腕を放したムクゲは、ほっとしたように呟いた。
「お前は昔から怪我ばかりしてたからな。実はそれほど心配はしてなかったんだ」
その口調は独り言のそれに似ていた。だが、相槌を打たなければ、それ以上紡がれることもない。
それで、とダイゴは応じる。
「心配なのはリオンくんの方だ。怪我の原因は話したくないんだろうから聞かないが、彼はひとりでなんでも背負い込むタイプか?」
「そのきらいはあります」
「まぁ、お前が連れてきた少年だ。信じてやらなければ、お前の眼も疑うことになってしまうな」
「・・・・・・どうも」
会話が途切れる。
この隙に、怪我が更に痛まないうちに上がろうかと腰を浮かせる。
「あ、待て」
ぐい、とムクゲが腕を引いた。
「あ゛ッ」
よりによって、左の腕を。
「あ、すまん! 大丈夫か!?」
ムクゲの手から腕を引き抜き、右手でひたりと押さえる。
「大丈夫ですが・・・・・・なんでしょうか」
「言ったろう、話したいことがあると」
「あぁ・・・・・・」
まだ話しは終わっていなかったのか。ダイゴは大人しく腰を下ろした。
内容は、半分わかっている。
「そろそろナナエさんのお嬢さんに会ってくれないか?」
「ナナエさん・・・・・・」
あぁ、そういえばそんな名字だったか。
父が見合いをさせたがっている、取引相手の令嬢は。
「美人なのは保証するぞ、この眼で見たんだからな!
ポケモンもお好きでな、なかなか頭も切れると聞いている。更に───」
「更に、料理が得意でおしとやかな、大和撫子タイプ、でしたか」
「なんだ、憶えてたのか」
「何度聞いたことか」
「憶えてるということは、興味はあるんだな?」
「相手がトレーナーである以上、多少の興味はあります」
そうか、と父は少し安心したように呟いた。
まぁ、今一番興味があるのは、リオンだったが。
流星の滝でのバトルが、脳裏に過ぎる。
───フライゴンは、あれほど強いポケモンだったろうか?
もちろん、ヒワマキ警察署が誇る実力者だったセナのポケモンだから、強いには強い。
だが、りゅうせいぐんが二体のポケモンを同時に倒すなど、聞いたことがない。
まるで、リオンが信じたから、本来以上の力を発揮したみたいな。
セナが、リオンを強いと言っていたことを思い出した。
その根拠は?
例えば、リーグ公認のジムバッジは持っていないのだろうか。公式戦の映像でも残っていないだろうか。
記憶を失う前のリオン。
ロゼリアとハクリューを連れ、あの眼は、どのように戦況を写していたのだろう。
ミロカロスを操る彼女は、強い眼をしていた。
ポケモンを信じる強い意志が宿る眼。
あの眼が勝利を見据えることがあるのなら。
是非、見てみたいものだ。
「・・・・・・というわけで、頼むぞ」
「え?」
「そうだ、リオンくんに頼んでおくから」
「わかりました」
父の話は、いつの間にか聞き流し、完結して終了した。のぼせないうちに上がってこい、と言い残し、風呂から出て行く。
・・・・・・リオンになにを頼むって?
いつしか、ダイゴの頭からは、ナナエの令嬢のことなど消え去っていた。