その他書架

□悪戯か歓迎
1ページ/3ページ

 トクサネシティのダイゴの家の扉を、元気に叩く音がした。
「はい」
 ダイゴが出ると、この街のジムリーダー、フウとランが立っていた。
「やぁ、どうしたんだい」
 にっこり、ダイゴが訊ねると、双子の姉弟は声を揃えて言った。
「Trick or Treat!」
 ふたりとも、ネイティオを模したような衣装に身を包んでいる。バケッチャの形をしたフェルトバッグに、こぼれんばかりのお菓子が詰まっていた。
 ハロウィンの仮装である。
「あぁ、はいはい。悪戯は勘弁してくれよ」
 トクサネシティでもお馴染みの光景だった。ハロウィンになると子供たちが仮装して、家々を訪ね歩く。お菓子を用意して出迎えるのは、ダイゴも少しうきうきしていたのだ。
 ダイゴが用意したのはクッキーだった。リオンと一緒に作ったものだ。トランプのカードを模しており、バニラとココアのフレーバー。オレンジの袋に、紫のリボンを巻いてラッピングしてある。
 トレイに乗せて、玄関の近くに置いていた。もう数は少なかったが、子供たちもそれほど来ないだろう。それをふたつ渡すと、フウとランは笑ってお礼を言って、次の家に駆け出した。
 彼らを見送って扉を閉めようとすると、ダイゴさぁん、と声がした。
 見れば、お化けの団体さまである。
 お化けばかりではない。ヒーローや、魔法少女に扮した子供もいた。
 いかにもハロウィンらしい袋やバスケットに、お菓子の山をこさえている。
「トリック、オア、トリート!」
「はい、これをどうぞ」
 入るかな、などと冗談を交えつつ、ひとりひとりに配っていく。少なかったクッキーは、ぴったり子供たちに渡った。
「石じゃない?」
「クッキーだよ、安心してほしいな」
「わぁ、ありがとう!」
 きゃいきゃいと賑やかな子供たち。その内のひとりが、遠くの方に眼を向けて声を上げた。
「あ、リオンさぁん!」
 反応し、ダイゴが身を乗り出すと、付き人が帰ってくるところだった。ミロカロスのコンディションを見るため、海岸に散歩に行っていたのだ。
 子供たちはにやにやしている。そして手を振りながら戻ってきたリオンに、せぇので言うのだ。
「トリック、オア、トリート!」
 きょとん、と眼を瞠るリオン。さんさんと明るい陽光が、蒼い瞳を海のように輝かせる。
 だが、それはすぐに柔らかく細められた。
「はい、どうぞ」
 と、リオンが取り出したのは、ファミリーパックのチョコレート。みっつほど取って、ひとりずつにあげていく。すでに口が空いているところをみると、道中、同じことがあったらしい。
「ありがとうリオンさん!」
「どういたしまして。そのお菓子、美味しいよね」
「うん、ぼくこれ好きだよ!」
「あたしもー!」
「そう、よかった」
 嬉しそうな子供たちは、無邪気に手を振って駆け出していく。
 手を振り返して見送って、ダイゴはリオンに向き直った。子供たちの背を見届けた蒼い眼が、ゆっくりと見上げる。
「さてと。おかえり、リオン」
「ただいま帰りました」
 すっかり、リオンは馴染んだようである。この島に。この家に。
 玄関でトレイを回収して、家の中に入る。
 対面式のキッチンにトレイを置いて、飲みかけのコーヒーが残るテーブルに着いた。
 昼食はどうしようか。冷蔵庫の余り物で作ってもいいが、買い出しに出てもいいだろう。どの道、夕食には食材を買い足したい。
 洗面所から出てきたリオンに、相談しようと顔を上げると、彼女は奇妙な表情を浮かべていた。
 照れているような、困っているような・・・・・・もじもじしている、というのが近いだろうか。
 判然としないまま眺めていると、眼が合った。蒼い瞳は、室内では鉱物のようにきらりと光る。
「ダイゴさん」
 少しためらいながら、けれども甘えるような声で、彼女は告げた。
「Trick or treat」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ