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□初めてのおつかい
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壁掛け時計の針の音を、これほど煩わしく思ったことがあっただろうか。
それほど、リオン───つい数時間前、自分の付き人に任命された少女は、静かだった。
チャンピオンの控え室。ポケモンリーグでも人気のないエリアの部屋は、たったふたりでも持て余すらしい。
ダイゴはソファーに座り、リオンはスツールに腰掛けていたが、互いに会話というものはない。
リオンには記憶がないそうだ。
つい数時間ほど前まで、自分の名前さえ知らなかったのだから驚きである。
身じろぎもせず、スツールに着いているリオンは、マネキンかなにかのようだった。
動きがあるものといえば、瞼くらい。
薄い瞼がまばたきする度、蒼い瞳がきらりと光った。照明を反射するだけの、無機物によく似た輝き。
ダイゴは静寂に嫌気が差した。
ひとたび、珍しい石を求めて洞窟に潜れば、誰とも会話をすることなく何時間でも過ごす彼だったが、この状況では耐えられなかった。
「おいで、ココドラ」
モンスターボールから出したのは、まだ生まれて日も浅い幼体だった。
「・・・・・・コーコ?」
ちいさなココドラが、リオンを見上げて首を傾げた。
「あ・・・はじめまして」
新米の付き人は、ぺこりと頭を下げる。
驚くことに、彼女はポケモンの言葉がわかるらしい。
「誰ってところかい?」
「あ、いえ・・・・・・『なんだこれ?』と」
「・・・・・・・・・・・・」
我がポケモンながら、なかなかに失礼である。
それとも、言語の教育を受けることのないポケモンというのは、こういうものなのだろうか・・・・・・。
当のココドラは、大してリオンに興味もないようで、ダイゴの足元に寄ってきた。
「コォッ!」
「はいはい、お腹が空いたのかな」
ダイゴはポケモンフーズの支度をしようと立ち上がった。
「『喉が渇いた』・・・だそうです」
と、ココドラがどたどた跳ねる音に負けそうな声量で、リオンは言う。
「そうなのか、ありがとう」
ならば水を用意しようとしたダイゴだったが、
「コーコ、コッコー!」
「・・・・・・『甘いのがいい』と言ってます」
動きを止めて、振り向いた。
「甘いの?」
この部屋に、甘い飲み物などない。あるとすれば、リオンが飲んでいる砂糖とミルクたっぷりのコーヒーくらいだ。
あいにく木の実も持ち合わせていない。
「・・・・・・あぁそうだ。ミックスオレはどうだい?」
「ミックスオレ・・・ですか」
ポケモンリーグの売店に売っているのだ。木の実をたっぷり使ったあれなら、きっとココドラのお気に召すことだろう。
そうと決まれば売店へ───行こうとした途端、マルチナビが鳴った。
見れば、父親の秘書からである。
父親には先ほど会ったばかりだ。
彼からの用件がわからなかった。
説教されるような心当たりはないのだが・・・・・・
しかし出なくても怒られるので、素早く応答の操作をする。
リオンはスツールから立っておろおろしていた。ココドラはぴょこぴょこ跳ねている。
「もしもし───あぁ、うん、大丈夫・・・・・・、リオン」
小声で呼んで、不思議そうな顔をするリオンに耳打ちした。
「ミックスオレ、買ってきてくれるかい?」