その他書架

□12/24 pm11:48 分析官と悪タイプ遣いの災難なクリスマス
1ページ/4ページ

 12月24日pm11:48
 ミナモシティ、警察署にて。
「うわぁ・・・・・・なんか、こういうの久し振り過ぎて懐かしいなぁ」
 書類の山と戦いながら、緑の髪の分析官はぼやいた。懐かしい、という言葉には似つかない、どんよりとした表情を浮かべて。
「へぇ、セナでも仕事に追われることってあったのか」
「新人の頃ね」
「ふぅん」
 書類の山を挟んで、赤い髪の悪タイプ遣いは相槌を打つ。
 何故、本来ならばサイユウシティで職務に就くふたりが、ミナモシティにいるのかというと、応援である。
 クリスマスの都市は、その賑わいもさることながら、犯罪も起きやすい。
 バッグなどのひったくり、置き引き。ATMから出た直後の強盗。空き巣だったり、スリだったり。一方的な挑戦によるポケモンバトルも、場合によっては法に触れるのだ。
 それらを取り締まるべく、ポケモンリーグの職員はホウエンのあちこちに派遣されている。
 たまたま一緒にミナモシティに派遣されたのが、セナとカゲツだった。
 つい先ほどまで、強引なポケモンバトルやスリ、酔っ払いの喧嘩を大量に片付けてきたところである。
「しかしまぁ、無茶なバトルをカップルにふっかけるヤツの多いこと」
 カゲツは呆れながら書類に必要事項を書き込んでいく。
「まぁデート代ぐらい財布に入ってそうだしさぁ。そんな強いポケモン連れてる人も少ないんじゃない?」
 同じように作業しながらセナが答える。
「こっちのスリもひでぇぞ」
「全くだよ・・・イルミネーションに見とれてるカップルを狙うなんてさぁ」
 また一枚、仕上がった書類を傍に置いて、セナは肩を回した。事務仕事は苦手ではなかったが、あまり続けてやるのも好きではない。
「・・・・・・理に適ってるなぁ」
「おいおいおいおい、スリの肩持つつもりか!?」
「えっ、いいや? まさか!」
 セナは大袈裟に肩をすくめてみせる。わざとらしい仕種だが、彼女がやると妙な愛嬌があって憎めない。
「だって、いくら強いポケモンがいなくったって、恋人の前で勝負に乗らないのも恥ずかしいんじゃない? なんならカッコ付けたいでしょ? 勝てばお株は急上昇! ふたりの仲は急接近! ・・・・・・だしね」
「はぁ」
「そこに漬け込んだんだからなかなか賢いよね? 動画サイトで生中継してたんだっけ、『リア充からおこづかいゲットしようぜ』って企画?」
 要するに、所謂『リア充ではない、恋人のいない者』の集団で、ラブラブなカップルに勝負を仕掛ける企画だったそうだ。集団でといっても、勝負自体は一体一、続けて仕掛けるなどの卑怯なことはしていなかったが、繰り出すポケモンが恐ろしく鍛えられていたりする。
 視聴者からの通報を受けたミナモ警察だったが、加害者グループが強すぎて、リーグにお鉢が回ってきたのである。
「そりゃそうだよね、加害者は企画を盛り上げたいわけだから、バトルできる強い子連れてくる。それに被害者が気付いたとしても、相手に背中は見せられないじゃないか!」
 いやぁ、意地とプライドのぶつけ合いだよねぇ、と心理状態にしか関心のないような口調である。加害者たちを『賢い』と称すだけあった。
「だいたい、そんな企画がウケるのか?」
 鼻白むものを憶え、カゲツ。それは企画に対しても、セナに対してもだ。
 きっと、仕掛けた本人たちは楽しいのだろうけれど・・・・・・。
「さぁ? ネットニュースにはなってるって聞いたけど」
 私はつまんないって思うけどね、とリーグ職員中、トップクラスの実力者たる彼女が言うと、強者の意見である。
「模倣犯が出なきゃいいけどな」
「みんなそんなに暇じゃないよ」
 セナが肩をすくめて両手を上げる。すらりとした四肢は、相変わらず地味な装いに包まれていて、今日は白いブラウスに、ダークグリーンのコーデュロイパンツ。
 真っ白い腕が人を小馬鹿にするように広がっているが、表情はむしろ逆だった。
 傷付いたような、悲しそうな顔。琥珀を思わせる瞳が陰り、照明が金色に光らせる。
 緑の髪が柔らかな頬に掛かり、まるでクリスマスツリーのような色彩である。
「それに、明日には正確な数が発表されるよ。迷惑防止条例違反でなん人検挙、ってさぁ。しかもそのうちのひとりは一昨年のホウエンリーグ準優勝だよ? それを破る警察官に挑みたい悪人がいると思う?」
「確かにな」
 厳密にいえばセナもカゲツも警察官ではないが、まだ見ぬ悪人は知る由もない。
 だが、セナもカゲツも知っている。時として、どんな権力も勢力も恐れない、自分の正義を貫こうとする者を。
 彼らは、そういう意味では悪人ではない。正義と理想を掲げ、邪魔する者を排除してきた。
 彼らをひと言で表すのなら、セナの知る限り一番近い言葉は『ダークヒーロー』である。
 社会に許容されない正義の味方。
 正義の反対は別の正義だと。正心に立ち向かえるのは誰かの正心なのだと。
 しかし、その理想も、賛同を得られなければ悪と呼ばれる。
 世界の・・・・・・少なくとも、それが活動する地域の過半数くらいの賛同を得られなければ。
 それが、拡大しないうちに葬ることのできる組織。警察であり、ポケモンリーグだ。
 どっちが悪なのだろう、とたまに考えることがある。
 それがこんな聖夜だ。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ