その他書架
□思惑は擦れ違う
1ページ/6ページ
数日前の、マヒワ家の客間にて。
誰かの声が聞こえた気がして、リオンは眼を醒ました。
・・・・・・ここは、どこ?
視界に映るのは、木の天井だった。それが、ヒワマキシティによくある、ツリーハウスの構造だったことを、おぼろげに思い出す。
ということは、ポケモンセンターや病院ではないだろう。
だとすると・・・・・・あの女性の家だろうか。
セナと呼ばれていた、緑の髪の警察官の家だろうか。
寝起きながら、リオンはそこまで考えることができた。
頭はまだぼうっとする。眼を閉じて深く息を吸い込むと、木材と、薔薇の香りが鼻腔を満たした。
『えっ・・・・・・』
四肢の感覚が戻ってくる。そこにのしかかる重みに気がついた。
ロゼリアと、ハクリュー。
二匹は深く眠ったまま、リオンの身体に抱き付くようにしていた。薔薇の香りは、ロゼリアからである。
ロゼリアの名前はフィオレで、ハクリューはマーレという。
自分は意識が混濁するタイプではないらしく、それを思い出せた。
二匹は傷だらけだった。自分を守るために、こんなに傷ついたのだ。
そう思うと申し訳なく、二匹の身体をそっと撫でる。身じろぎしたハクリューがぎゅっと巻き付いて、リオンはちいさくうめいた。
そうこうしているうちに、耳の感覚が冴えてくる。
誰かの声──それは、頭上の金属管から聞こえるものだった。眼だけを動かして確認すると、それは壁を沿って天井へ、そして外へ繋がっている。そんなものが数本が並んでいる。先端には蓋も付いているが、すべて開いていた。
これが、別の部屋の声を伝えているらしい。糸電話のようなものだろうか。便利だな、と思いながら、リオンはじっと会話に耳を傾けた。
声はセナと、ダイゴのものだった。
『───さっき問い合わせてみた。スエツミ・サリカさんは、セイバー団らしい連中に襲われて、今入院している』
『なんだって?』
『意識不明の重体、面会謝絶だってさ』
その言葉を、理解するのにわずかに時間がかかった。
スエツミ・サリカ。
スエツミは、自分の姓らしかった。それからすると、サリカというのは身内かと思われる。
彼女が、襲われた?
意識不明の重体?
面会謝絶?
衝撃的なワードだった。
『このこと、リオンは・・・・・・』
『たぶん今は知らない』
どきりとする。
『でもこのことがあって、私のところに来ようとしたのかもしれない。
まぁ・・・・・・もし来ていたとしても、手に負えないからダイゴくんに相談したろうけど』
その言葉をみなまで聞かず、リオンは金属管の蓋を閉じた。部屋はしんと静まり返る。
セイバー団。
スエツミ・サリカ。
そして、セナという警察官。
知らないことばかりだ。
自分のパートナーというロゼリアとハクリューによると、自分は彼女に会いに来たらしい。
────というよりは、そう言ってヒワマキシティ方面へ向かっていたのだろう。
全く違う目的のために。
ダイゴたちの話を聞いていると、セナに助けを求めていたというのは、確かに筋が通る。
だが、それにしては、その直前の自分の行動が、悠長なのだ。
なにか思い出したわけではなかった。助けを求めて119番道路を北上し、ヒワマキシティに向かっていた・・・・・・とすれば、急いでいたはずだ。
では、急いで向かっていたはずなのに、どうしてヒンバスを仲間にしようとしたのだろう。
しかも、モンスターボールを持っていなかったから、買ってくるとまで言って。
それに、彼女は記憶を失う前からの知り合いらしかった。そんなセナに、連絡も無しにいきなり会いに行くほど、自分は無作法な人間ではないと思う。
このことから、目的はセナではなかったのだ。
マルチナビを起動して、タウンマップを開いた。
ヒワマキシティにカーソルを合わせ、詳細を見る。紹介される主な施設はポケモンセンター、フレンドリーショップ、ポケモンジム・・・その程度だ。
まさか、フレンドリーショップにモンスターボールだけを買いに訪れるつもりではあるまい。それだけで、セナに会いに、とポケモンたちに言うわけもない。
それとも、別の目的地への通過点だったのか・・・だとすれば、町を南下した先。ミナモシティやラルースシティだ。
ラルースシティにカーソルを合わせると、飛行場、と案内が出た。
ジョウト地方、カントー地方への国内便が運行しているとのこと。
果たして自分に、ジョウトやカントーの知り合いがいるのかはわからなかったが、もし誰かから逃げていたのなら、飛行機を利用する可能性もあったと思う。
同じ理由で、ミナモシティから船に乗ることもできたろう。
そこまで考えて、セナのことを信用していないのだろうか、と思った。
思い出せることはなにもない。
だが、彼女のことは・・・・・・きっと大切な人だったのだろう。
遠ざけようとしたのは、巻き込みたくないと思ったから。
今の自分がそうであるように。
大切なパートナーたちは、騙してでも連れて行きたかったのだろう。
──モンスターボールがないからヒワマキシティに寄ろうか・・・・・・あぁ、うん、そう。セナさんがいるところ・・・・・・そうだね、会えるかもしれない──そんな嘘が、とっさに思い付いた。たぶん自分はこう言った。
ごめんなさいと、心でとなえながら。