その他書架

□思惑は擦れ違う
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 数日前の、マヒワ家の客間にて。
 誰かの声が聞こえた気がして、リオンは眼を醒ました。
 ・・・・・・ここは、どこ?
 視界に映るのは、木の天井だった。それが、ヒワマキシティによくある、ツリーハウスの構造だったことを、おぼろげに思い出す。
 ということは、ポケモンセンターや病院ではないだろう。
 だとすると・・・・・・あの女性の家だろうか。
 セナと呼ばれていた、緑の髪の警察官の家だろうか。
 寝起きながら、リオンはそこまで考えることができた。
 頭はまだぼうっとする。眼を閉じて深く息を吸い込むと、木材と、薔薇の香りが鼻腔を満たした。
『えっ・・・・・・』
 四肢の感覚が戻ってくる。そこにのしかかる重みに気がついた。
 ロゼリアと、ハクリュー。
 二匹は深く眠ったまま、リオンの身体に抱き付くようにしていた。薔薇の香りは、ロゼリアからである。
 ロゼリアの名前はフィオレで、ハクリューはマーレという。
 自分は意識が混濁するタイプではないらしく、それを思い出せた。
 二匹は傷だらけだった。自分を守るために、こんなに傷ついたのだ。
 そう思うと申し訳なく、二匹の身体をそっと撫でる。身じろぎしたハクリューがぎゅっと巻き付いて、リオンはちいさくうめいた。
 そうこうしているうちに、耳の感覚が冴えてくる。
 誰かの声──それは、頭上の金属管から聞こえるものだった。眼だけを動かして確認すると、それは壁を沿って天井へ、そして外へ繋がっている。そんなものが数本が並んでいる。先端には蓋も付いているが、すべて開いていた。
 これが、別の部屋の声を伝えているらしい。糸電話のようなものだろうか。便利だな、と思いながら、リオンはじっと会話に耳を傾けた。
 声はセナと、ダイゴのものだった。
『───さっき問い合わせてみた。スエツミ・サリカさんは、セイバー団らしい連中に襲われて、今入院している』
『なんだって?』
『意識不明の重体、面会謝絶だってさ』
 その言葉を、理解するのにわずかに時間がかかった。
 スエツミ・サリカ。
 スエツミは、自分の姓らしかった。それからすると、サリカというのは身内かと思われる。
 彼女が、襲われた?
 意識不明の重体?
 面会謝絶?
 衝撃的なワードだった。
『このこと、リオンは・・・・・・』
『たぶん今は知らない』
 どきりとする。
『でもこのことがあって、私のところに来ようとしたのかもしれない。
 まぁ・・・・・・もし来ていたとしても、手に負えないからダイゴくんに相談したろうけど』
 その言葉をみなまで聞かず、リオンは金属管の蓋を閉じた。部屋はしんと静まり返る。
 セイバー団。
 スエツミ・サリカ。
 そして、セナという警察官。
 知らないことばかりだ。
 自分のパートナーというロゼリアとハクリューによると、自分は彼女に会いに来たらしい。
 ────というよりは、そう言ってヒワマキシティ方面へ向かっていたのだろう。
 全く違う目的のために。
 ダイゴたちの話を聞いていると、セナに助けを求めていたというのは、確かに筋が通る。
 だが、それにしては、その直前の自分の行動が、悠長なのだ。
 なにか思い出したわけではなかった。助けを求めて119番道路を北上し、ヒワマキシティに向かっていた・・・・・・とすれば、急いでいたはずだ。
 では、急いで向かっていたはずなのに、どうしてヒンバスを仲間にしようとしたのだろう。
 しかも、モンスターボールを持っていなかったから、買ってくるとまで言って。
 それに、彼女は記憶を失う前からの知り合いらしかった。そんなセナに、連絡も無しにいきなり会いに行くほど、自分は無作法な人間ではないと思う。
 このことから、目的はセナではなかったのだ。
 マルチナビを起動して、タウンマップを開いた。
 ヒワマキシティにカーソルを合わせ、詳細を見る。紹介される主な施設はポケモンセンター、フレンドリーショップ、ポケモンジム・・・その程度だ。
 まさか、フレンドリーショップにモンスターボールだけを買いに訪れるつもりではあるまい。それだけで、セナに会いに、とポケモンたちに言うわけもない。
 それとも、別の目的地への通過点だったのか・・・だとすれば、町を南下した先。ミナモシティやラルースシティだ。
 ラルースシティにカーソルを合わせると、飛行場、と案内が出た。
 ジョウト地方、カントー地方への国内便が運行しているとのこと。
 果たして自分に、ジョウトやカントーの知り合いがいるのかはわからなかったが、もし誰かから逃げていたのなら、飛行機を利用する可能性もあったと思う。
 同じ理由で、ミナモシティから船に乗ることもできたろう。
 そこまで考えて、セナのことを信用していないのだろうか、と思った。
 思い出せることはなにもない。
 だが、彼女のことは・・・・・・きっと大切な人だったのだろう。
 遠ざけようとしたのは、巻き込みたくないと思ったから。
 今の自分がそうであるように。
 大切なパートナーたちは、騙してでも連れて行きたかったのだろう。
 ──モンスターボールがないからヒワマキシティに寄ろうか・・・・・・あぁ、うん、そう。セナさんがいるところ・・・・・・そうだね、会えるかもしれない──そんな嘘が、とっさに思い付いた。たぶん自分はこう言った。
 ごめんなさいと、心でとなえながら。
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