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□休戦のはじまり
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 リオンとツルイの間には、戦闘不能のフーディンとペリッパーが倒れている。やどりぎの枝葉に絡み、身動きひとつしていない。
 彼らをモンスターボールに戻してから、パチパチパチ、とツルイは手を叩いた。
「お見事。まさかやどりぎのタネがここまで手強いものだとは知りませんでしたよ」
 リオンの足下では、ロゼリアが勝ち誇ったように左右の薔薇を腰に当てる。褒められた気でいるのだろう。
「それで、勝負はまだ続けますか?」
 今度はなにが繰り出されるのだろう、と身構えながら訊ねた。
 海から吹く潮風は冷たい。濡れた服から、みる間に体温が奪われ、恐れとも武者震いともつかぬ震えが起こる。
「いえ」
 あっさりと、ツルイは否定した。
「勝負も試合も、私の負けです」
 あまりに潔く首を横に振る。
「もうテレポートが使えるポケモンがいませんから。それにもうすぐリーグの人間が来るのでしょう? 無論、貴女が共に来てくれるというのであれば、噺は別ですけども、救世主さま?」
 今度はリオンが首を横に振る番だった。ココドラが、彼女の靴にしがみつく。連れて行かせるもんかというように。ロゼリアがシャドーボールの構えを取るのを、ミロカロスが制した。
「私には、何故貴女がそこまで頑ななのかが解せません。貴女の力で世界が救える。貴女の力は、その為に使われるべきです」
「・・・・・・なにから世界を救うのですか?」
 リオンは今更、ツルイとは話すなとダイゴに命令されていたのを思い出した。だが、ここにダイゴはいないし、もう約束は破ってしまっている。なにより、置いて行ってのは彼の方だ、と開き直った。
 きっと、セイバー団の目的を訊くのは初めてのことではない。記憶を失う前にも、自分は同じことをしているはずだ。
 聞いて尚、セイバー団の意志に反発したのは、何故だろう。
『リオン』について知りたいと思うのは、止められなかった。
 ツルイはふっと笑いながら、モンスターボールを出した。ぽんと上に投げて、クロバットを出す。
「悲しみと、破壊から」
 答えてから、ツルイはクロバットにぶら下がった。夜闇に紛れる暗紫の身体が、空高く昇っていく。
「悲しみと・・・・・・破壊?」
 ぼんやりと繰り返す。
 ポケモンの言葉を解するこの能力で?
 悲しみとはなんだろう。誰のだろう。セラピーみたいなものだろうか?
 破壊とは、なにに対する暴虐を指すのか。そもそもセイバー団の活動内容が、半ば破壊活動のようなものだ。どの口で言っているのか。
 疑問は尽きない。その為に、人を襲ったり、泥棒紛いのことをする必要もないと思う。そんな、破壊を重ね、新たな悲しみを生むような真似は。
 ツルイはどんどん高く上がっていく。見送ってしまっていいのか迷ったが、追う手段もない。
 そのとき、ハクリューが飛んできた。
 しんそくを使い、眼にも止まらぬスピードで、クロバットに体当たりをかます。
 上空から、ぐわっ、と悲鳴が聞こえた。
 クロバットを通して衝撃を受けたツルイは手を滑らせ、地面に向かって叫びながら墜ちていく。
「ミー!」
 ミロカロスが声を上げる。風がうねり、たつまきが生まれ、ツルイの落下スピードを和らげた。最後には、ほとんど無傷で仰向けに着地する。
 上空ではクロバットが、ハクリューのドラゴンテールで突き飛ばされてしまっていた。
「リオン! 連れてきたよ!」
 ハクリューが嬉しそうに報告する。誰を、と思ったとき、彼はハクリューに遅れて到着した。
「おいおい、どうなってんだよこれ」
 こめかみに手を当て、呆然と問うたのは、カゲツだった。
 コールの意味がきちんと伝わったのだ。
「おいリオン、無事か?」
「・・・・・・来て、くれないかと思いました」
「今度からは場所をまず言え。わかったな」
「はい、カゲツさん」
 カゲツは、リオンが帰るときに挨拶したひとりだった。ダイゴの付き人なのに彼はおらず、連絡船で帰ると言っていたのを、不審がって憶えていた。
 だからマルチナビのコールがあったとき、まだサイユウシティ内にいるのだろうと見当付けて、捜査網の手配をしたのだった。
 そこにハクリューが現れ、腕に巻き付いて引っ張るので、付いてきたらこの有り様だったという訳である。
 カゲツは額の汗を拭ってから、地面に寝そべったツルイを見た。
「アイツがツルイか?」
「はい」
「見た感じは普通だな」
 呟き、ツルイに向かって歩いていく。
 それを察したツルイは、弾かれたように起き上がった。走って逃げ始める。
「あっ、待て!」
「リューッ!!」
 ハクリューが背中に体当たりを決める。ツルイはバタッと転んだ。しんそくを用いてないにしろ、長い身体でぶつかられれば衝撃は重いだろう。
 ハクリューは容赦なく、ツルイの片足を長い胴で巻き付いた。これで逃走を封じられることをわかっているのだ。
 その様子を見て、カゲツがマルチナビでどこかにコールする。職員を集めるのだろう。
「痛たた・・・・・・」
 巻き付かれた足が痛むのか、ツルイが呻きながら起き上がる。
 そこに、ハクリューがぬっと顔をつき出した。
「うっ・・・・・・」
「まだ逃げるの?」
 と、ハクリューは凄んでいるのだが、ツルイにしてみればそうではなかった。
「うわぁぁあぁあ!?」
 彼は、血相を変えて大声を上げた。次の瞬間、必至になってハクリューを振りほどこうとする。
 リオンは恐る恐る近付いていった。カゲツも通話しながら、怪訝そうに見遣る。
「触らない! 離れて、離れてっ!!」
 じたばたと脚を振り、しまいにハクリューの胴を蹴る。
「痛いっ!」
 ハクリューが悲鳴をあげる。リオンは思い切り顔をしかめて、ツルイからハクリューを引き離した。傷付いた身体を労るように抱きしめる。
 ハクリューはよっぽど怖かったのか、リオンの肩口に顔を寄せた。
「ちょっと! マーレになにするの!」
 ロゼリアが怒りながらシャドーボールを構える。だが、当のツルイに言っている意味はわからないし、聞いてすらいない。彼は、頭を抱えて地面にうずくまってしまっている。
「だめ、フィオレ。抑えて」
 リオンが言って、ロゼリアは黒い塊をしゅんと納めた。カゲツがおっかねぇなと肩をすくめる。
「・・・・・・?」
「おいおい、なにしたんだよ?」
「なにもしてないです」
 カゲツが通話を終えて、ツルイの様子を見て眉を顰めた。
 リオンの眼にも、ツルイの状態が異様なのはわかった。錯乱しているかのように、怖い、来るな、と繰り返している。
 だが、特になにかをしたわけではない。これほど恐れられるようなことを、自分たちはしていないはずだ。
「フィオレ、・・・アロマテラピー」
 指示を受け、ロゼリアは何故この男の為に、と不服そうに双つの薔薇から芳香を放った。人間に対しては単なる心地よい薔薇の香りだが、高ぶった神経を落ち着かせる効果がある。
 ややあって、ツルイの独り言は治まった。だが、顔を上げるにはいたらない。
「人間がここまで取り乱すのには理由があると思うんだが」
 カゲツが頭の後ろに手をやりながらぼやく。
 それを聞いて、リオンは思い出した。流星の滝で遭遇した時も、彼はこんな風に叫ばなかったろうか。
 滝に飛び込む直前に。
 わたしが近付いていった時?
 だが、それとは状況が違う。前回は、追い詰められて叫んだものと思った。その直後に、サザンドラに攻撃を命令していたのも、苦し紛れだと思った。
 今回は、怯えきって悲鳴を上げたように見受けられる。
 怯えて? ・・・・・・ハクリューに?
 至近距離で見ると、ハクリューの顔はそんなに怖いだろうか、と思って見るが、眼許が涼やかな、可愛らしい顔をしている。個体差もあるし、親心による贔屓眼かもしれないが。強いていうなら、あまり近付くと額の角が刺さりそうではある。
 先端恐怖症なのだろうか。だが、ハクリューの角はあいにく、武器用ではない。これによる攻撃は一切しない。
「この子が、悪いのでしょうか」
「タイミングで言えばそいつが一番有り得るけどな、とりあえずここにいても埒が開かねぇ。一旦リーグに連れてくか」
 警察署でなくていいのか、とリオンは思ったが、セイバー団については、サイユウリーグに一任された案件なので、カゲツの判断が適切なのだろう。それに、強力なポケモンを所有している被疑者となると、警察官では始末に追えない可能性もあった。
 リオンはパートナーたちをモンスターボールに戻して、カゲツに手を貸す。
「おいおっさん。起きれるか?」
 そのとき、聞き慣れた声が、上空から降ってきたのだった。
「リオンッ!」
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