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□休戦のはじまり
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「おせぇよダイゴ」
「ごめんよ」
 カゲツに咎められながら、ダイゴがエアームドをボールに戻している。きりっとした佇まいの鎧鳥は、疲れひとつ見せずにボールに吸い込まれる。
 リオンは驚きを隠せずにそちらを見る。ココドラが嬉しそうに主人へ駆け寄った。
「ダイゴさん・・・・・・?」
「リオン、なにをされたんだい? ひどい格好だ」
 ダイゴの視線が、水と泥で固まった頭髪から、未だ氷の残る膝下を渡る。転んで服は汚れているし、髪は乱れているし、後ろでは大の大人が地面にうずくまっているし。
 どこから説明をすべきかも迷って、リオンは色々と、と言葉を濁した。
 だが、ダイゴはそれが面白くなかったらしい。
「色々?」
「えっと、ココドラは無事ですから」
 短い溜息を吐いて、ダイゴがジャケットを脱いだ。そのままリオンの肩に掛ける。
「凍えるよ」
「いえ、あの、汚れてしまいます・・・・・・!」
「いいから」
 返そうとするリオンを、彼は軽く押し留める。
 そう言われると、黙って借りるしかない。ラペルを両手で掴む。自分のものとは違う匂いがふんわりと立ち込める。
「君は無事じゃないよね?」
「後でお話しします・・・・・・」
 形の整った眉がひそめられるのを見て、慌てて付け足す。
 余計な心配をさせまいとしたのだが、裏目に出てしまった。
 たぶんカゲツが呼んだのだろうが、ダイゴが戻って来るのも、リオンにとっては意外だった。
 いや・・・・・・ココドラが心配だったんだよね。
 そう結論づけて、考えるのを止めにする。
 ダイゴにしてみれば、付き人が謎の組織に狙われているなど、迷惑極まりないはすだ。ましてや、自分のポケモンが巻き込まれるなどとは。
 そこでリオンは、はたと気が付く。
 そうだ、その手が・・・・・・。
「カゲツさんっ!」
 大声で呼びながら、リーグの方向からふたり、職員が駆けてきた。リオンは知らなかったが、それぞれ特別対策課と、調査課のメンバーで、包囲網を任されていた。
 その必要も無くなったからと、応援で呼び出されたのである。
「あれっ、ダイゴさんもいたんですか!?」
「今来たところだよ」
「あそこで倒れてる男が、伝達のあったツルイですね」
「なんか、あんまり凶悪そうには見えませんね」
 職員はふたりがかりでツルイを起こした。ツルイは呆然としている。細かく震えてもいた。頭を抱え、おおきく喘ぎ続けている。
 ハクリューはボールに戻したのに、ツルイはまだ怯えているということだろうか。リオンは訝りつつも、ツルイの顔を見た。
 レンズ越しに、眼が合った。
「うわぁあぁ!?」
 ツルイが突如、身体を激しく振った。先ほどの衝動が蘇ったかのように。
 リオンの前にダイゴが立つ。左腕を軽く広げ、庇うように。
 ツルイを支えていた職員が片方、投げ出される。残ったひとりが必死に押さえ込んでいる。カゲツも加勢し、三人がかりで地面に組み伏せた。
「ちょっ、おい、どうしたおっさん・・・・・・リオン! さっきのもっかいだ!」
「は、はい」
 リオンはふたたびロゼリアを繰り出した。アロマテラピーを命令する。
 ちいさなロゼリアは、またこいつのために、と不満を露わに、辺りに芳香を漂わせる。
 香りの発露が終わると、それに伴いツルイの気分も鎮まってきたらしく、おとなしくはなった。また手助けがいるかもしれないので、ロゼリアはそのまま出しておく。抱っこ、とのおねだりがあったため、リオンの腕の中だ。ココドラが「今のもっかいやって」と頼むと、ロゼリアは戯れに芳香を放った。ココドラが楽しそうに跳ねるのを、ダイゴがすこし微笑んで見遣る。
 ツルイはまだ震えているが、今度はか細い声で、なにかを訴えている。
「そのめ・・・・・・その、眼が・・・・・・なんで・・・・・・」
「め? めって、眼玉のことですか?」
 驚かさないよう、職員が柔らかな声音で訊ねる。
「眼ってまさか、ハクリューの眼を言ってるのか?」
 カゲツがつぶやいた。ツルイよりは、リオンに向けているようだった。
「ハクリューは、もうボールの中ですけど・・・・・・」
 リオンは小首を傾げた。職員が、閃いたように顔を上げる。
「ドラゴンタイプ恐怖症・・・・・・?」
 その言葉に、ツルイは激しく頷いた。ダイゴの後ろから見るツルイに、以前までの覇気はない。すっかり、子供のように怯えてしまっている。
「そうですっ、ドラゴンタイプが、昔から苦手で・・・・・・」
「え? 資料によると、サザンドラをお持ちとのことですが?」
「はい、はい。サザンドラは、モノズの頃、ス、スリバチ山に捨てられていたのを保護しました。モノズは顔が隠れてますっ。眼が見えません。ですから私でも育てられたんです」
「スリバチ山?」
 その言葉にピンと来なかったのは、聞いている全員だった。
 ダイゴを除いて、だったが。
「ジョウト地方の洞窟ですね?」
 ダイゴが訊ねると、ツルイは頷いた。そういえば、ダイゴの石のコレクションの中に、スリバチ山産出の鉱石があったような気がしてきた。
「ということは、貴方はジョウト地方からいらしたんですか?」
 スリバチ山は、ジョウト地方最大の洞窟だ。天然の迷路と名高い、攻略の難しいダンジョンである。少なくとも観光で登るような山ではない。
 そこへ訪れ、モノズを『保護』したということは、職業上の理由が考えられた。それに、モノズはジョウト地方に棲息していない。保護するにも資格が必要のはずだ。
 だったら住所もジョウト地方というのは、考えられることだった。
「そうです、ジョウト地方の・・・・・・」
 沈黙が落ちる。それは、ツルイが混乱のあまり、言葉を失ったのかと思われたが、違った。
 ツルイはふっと顔を上げる。そしてつぶやいた。頭を抱え、瞳を揺らしながら。
「私はどこから来たんだ・・・・・・?」
 気温はだんだんと下がってきている。それなのに彼の頬には汗が伝っていた。
「え・・・・・・?」
 それは、リオンにも憶えのある疑問だった。
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