その他書架

□それぞれの嘆き
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 息せき切ってダイゴが資料室に入ると、五人の職員が仕事をしていた。ファイルを出したり電話を掛けたりキーボードに打ち込んでいたり、ツルイの身柄確保が一大事であるのがよくわかる。
 挨拶をすると、一番手近にいたカゲツが話し掛けてくる。
「遅かったな」
 カゲツは方々への報告メールの作成中だった。眼頭をぐりぐりと押さえ、背中をぐっと伸ばす。
「すまない。・・・・・・はいこれ。みんなで適当に食べてくれ」
「おぉ、さんきゅー」
 差し入れの袋を、空いている窓際のテーブルに置く。口々にお礼が出てくるのを遣り過ごし、ダイゴは棚で探し物をしていたフヨウを呼び出した。廊下へと連れて行く。
 対策課の職員が戸惑うような顔を見せた。忙しいのに人手を減らすなということだろう。しかし、カゲツなら粗方事情を知っているので、進行に差し支えがあるとも思わなかった。それに、すぐに終わらせるつもりだ。
 フヨウに事情を説明すると、あっさり承諾を得た。
「面白そう! そういうことなら喜んで貸すね!」
 何故か眼をきらきらさせて。
「ありがとう」
「ダイゴさんも見るよね! さぁ行こう行こう!」
 花柄の青いパレオを翻し、暗い廊下を駆けてゆく。
 見るとはなんだ。リオンの様子のことか?
 訝りながら、とにかく誘われたのは違いないので追い掛ける。フヨウの軽やかな足取りは躍るようでもあり、なびく青色がふわふわと、妖しさを放っていた。
 フヨウが部屋から着替えを取り、ダイゴの控え室に続く廊下へ曲がる。
 そこで、思わぬ人物が現れた。
「わっ」
「うわっ」
 双方からちいさな悲鳴を上げる。
「びっくりしたー・・・・・・どうしたんですか、フヨウさん」
 さして驚いた様子でもない、肝の据わった彼女は、緑の髪を揺らしてダイゴをうかがう。
「それにダイゴくんも」
「セナ?」
「あれー。さっき特別対策課の人がね、あの新人遅いなーって怒ってたよ」
「うえっ、しまった・・・・・・!」
 こちらの方が驚いたようで、一瞬顔を引き攣らせる。
「それは構わないけど」
 勤務時間終了後の、時間外労働だ。遅れたって文句を言うことは、本来できないはずだった。
「今どこから出てきたの? この先は僕の部屋しかないと思うが」
「え、うん。ダイゴくんの部屋から出てきました」
「・・・・・・どうして?」
「リオンちゃんの服を届けに」
「ここにいることは伝えてないはずだが」
「あー、それはさぁ。リオンちゃんが脚怪我したのに君の性格上歩かせるとは思えないし、連絡船もあの時間ならないじゃん。カゲったんから緊急会議のことを聞いて、それがセイバー団のことならダイゴくん黙っておけないでしょう。
 だから家じゃなくてリーグに泊まるのかなーって思って、私も会議のせいで泊まることになったので、ついでに持ってきました!」
 これでいい?
 ほとんど完璧な推理を披露して、セナは敬礼する。
 段々カゲツの呼び方が雑になっていくのは気のせいだろうか。
 フヨウが無邪気に、すごい長台詞ー、と手を叩いている。
「そうなんだ。わざわざすまなかった」
「いいえ」
「ねぇねぇ! 今服持ってきたって聞こえたけど、これどうするの?」
 フヨウが着替えを掲げる。身長の高いふたりに囲まれて、彼女はひときわ小柄にみえた。 
「なんですか、それ?」
「リオンの着替えだよ。ダイゴくんがズボンの代わりになるもの貸してって言うから持ってきたの」
「今あげちゃったー・・・・・・」
 悲壮な声を出すセナに、フヨウは着替えを広げて見せる。
 小花柄のキャミソールと、オレンジのショートパンツだった。
「フヨウ、・・・・・・それを着せるつもりなのかい?」
「うんっ! リオン可愛い恰好したらきっと似合うよ!」
「寒そうだよ。リオンが可哀想だ」
 フヨウの言う通り、マヒワ邸でワンピースを着たリオンは可愛らしかった。しかしそれ以上に、リオンに露出の多い服を着てほしくない。今の時期は暖房も入らないし。
「お気持ちはお察ししますが、リオンちゃんはダイゴくんの付き人ですから。あまりカジュアルな恰好はできないと思います」
「それはセナちゃんの意見でしょ。いいよ、リオンに聞いてくる!」
 大人ふたりの言葉を聞かず、たたっとフヨウは走り出す。
「あっ、今はだめです、シャワー入っちゃってるから!」
 ぴたり、フヨウの足が止まった。
「そっか。それはだめだね」
 くるっと向き直った彼女は真剣な顔で頷いた。
「残念だけど諦めるね」
「ありがとうございます」
 セナが疲れてた口調で礼を言う。
「ウン、また今度」
「そ──え?」
 大人ふたりは絶句しながら、るんるんと引き返していくフヨウに続いて、資料室へと向かった。
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