その他書架

□貴方のいいところ
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 部屋の奥では、ダイゴが熱心に石を磨いている。
 周りではココドラがじゃれていて、片手間で相手をしているようだ。時折、食べられまいと、ひょいと上に挙げている。
「⋯⋯⋯⋯」
 その姿を見て、リオンは静かに踵を返した。ソファの端に、ちょこんと腰をかける。
 眼の前には、グラスがふた組。片方にはアイスコーヒー、片方にはアイスティーが満ちている。
 ガラスの表面には透明な結露が浮かびはじめていた。アイスティーの表面に、溶けた氷が水の層を作る。
 氷の溶けたアイスコーヒーなど、美味しくない、とは思う。
 だが、ダイゴは日頃から忙しい。ゆっくりと趣味の石と向き合う時間など、いつぶりだったろうか。付き人をしているが、正確に思い出せない。
 だから、邪魔はしたくなかった。
 コーヒーなら淹れ直せばいい。
 リオンは朝から洗濯物を干して、食事を作った。ポケモンたちの世話を終え、買出しに出かけた。帰ってきて昼食の支度と片付けを済ませてから、洗濯物を畳んだ。
 リオンとしても珍しく、家事ばかり行った日だった。
 ダイゴが都度、手伝うよ、と申し出てくれたのだが、リオンは断った。
 家事はわたしの仕事ですので、ダイゴさんは好きなことをおやりになってください──と。
 するとダイゴはこう返すのだ。君ひとりに家の事を押し付けて、僕の気が休まると思うのかい? ──それは優しい微笑みで。
 リオンも付き人としての意地がある。あまり役に立っていないのでは、と自責の念が常にあった。だから、それを忘れるくらい、今日は必死に動きたい。家事なら、唯一まともに役に立てる⋯⋯はずだ。
 だが、とどめに彼は囁いた。
 僕は君が一生懸命頑張る姿が好きなんだよ。だから傍で手伝わせて欲しいんだけど⋯⋯?
 ずるい、とリオンは思う。
 結局、ほとんどにダイゴの手を借りて、すべての家事を済ませた。
 気が付けば、時計は午後三時を指そうとしている。
 午後のコーヒーブレイクでも、と思い、プリムから貰ったクッキーとともに出してみたが、当のダイゴは石に夢中だ。
 結局、役には立てなかったなぁ⋯⋯。
 開け放した窓から、温かい風が入り込む。レースのカーテンが生き物のように、膨らんではしぼむ。
 小皿に盛ったクッキーは、可愛らしい形をしている。バニラとココアのボックスに、アーモンドをちりばめたチュイール。アンゼリカをあしらった六枚花。
 グラスの中で、氷がカランと涼やかな音を鳴らす。砕けた氷がすいと浮かんで、さざなみを立てた。
 ゴツン、ゴツン、と鈍い音は、ココドラが跳ねて遊ぶ音。
 吐いて吸う息がどことなく重たい。ゆっくりと呼吸を繰り返す。指先がほんのりと温かい。
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