その他書架

□自分を見つめる
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 昼休みの資料室に、人はいなかった。隅の机にファイルが積まれている。午前中、誰かが出しっぱなしにしたものだろう。その机もファイルも、用がないので放置だ。
 スエツミ・リオンのトレーナーカードの、バッジの取得数は八個。ホウエン地方のリーグ認定を受けたバッジを、全て取得していた。
 それによると、ルネジムのレインバッジ取得は今から二年前となっている。
 セナは職員権限で、IDからそれを確認し、ルネジムの記録を手早く引っ張り出した。
 共用端末でDVDを再生する。
 取得日のファイルは、ご丁寧に『ジム戦記録 スエツミ・リオン』と題打ってある。
 それを開くと、青白い水と氷のフィールドが画面に映る。
「あ、これがルネジムのフィールドだよ」
 映像は、フィールドを斜め上のアングルから撮ったもので、画面下には審判のジムトレーナー。左手側にミクリ。
 そしてその反対側に、バンダナの少女が立っている。
 ちいさく映っているが、自分の顔だ。男にも女にもいそうな、動きやすそうな服をきている。しかし、髪色は茶色だ。
 さらに何故か、マリルリを抱えていた。
「栗色・・・・・・ですね、髪は」
「カツラかな、やっぱり」
「バンダナで押さえてるのでしょうか」
「うーん、カツラって基本大人用だからねぇ」
 映像の中で、審判が試合開始を告げる。
『これより、ルネシティジムリーダー、ミクリ対、シダケタウンのリオンとのジム戦を執り行います』
 その後にルールが続き、三対三、との指示があった。
 先攻は慣例でジムリーダーとなる。
 ミクリが繰り出したのはルンパッパ。対する過去のリオンは、ハクリューを繰り出した。
「相性は五分五分ってところかな」
「あの、この記録は・・・・・・ミクリさんが負けたから、こちらにあるのですよね?」
「うん、そうだよ」
 先に調べたが、ルネジムは、ホウエン地方最難関のジムと名高いらしい。
 もちろんパートナーたちを信じているが、そんなミクリに、自分が本当に勝利したかが怪しいのだ。
 自分にバトルセンスがあるなどと、信じられないのだ。
 過去の自分は活き活きとハクリューに指示を出している。
 その攻防は、序盤からハクリューの優勢だった。
 水を巻き上げて壁を作り、ルンパッパのれいとうビームを躱す。草タイプ特有の状態異常を起こす技も、水中に身を潜めて撹乱する。
 ミクリの後続ポケモンが水中戦を得意とするのだろう。ミクリは、水を汚すような指示出さなかった。
 勝負はあっという間に着いた。ハクリューが、りゅうのはどうで止めを刺したのである。
 ミクリが続いて繰り出したのは、キングドラ。ハクリューにとって、天敵であるドラゴンタイプだ。キングドラにも同じことが言えたが。
 水、ドラゴンタイプの複合であるキングドラは、水中戦を得意とする。
 こちらの攻撃が通らないとなると、過去のリオンはハクリューを引っ込めた。
 繰り出したのはロゼリアである。
「ねぇ、このマリルリ・・・・・・リオンちゃんのじゃないよね?」
「そうなのですか?」
「なんかサリカさんが持ってたポケモンだと思うんだよね。三対三って指示だからサリカさんから借りてきたのかな?」
 マリルリは水、フェアリータイプだ。フェアリータイプは唯一、ドラゴンタイプの攻撃を無効にする性質がある。キングドラ相手には有効な打点となる。
 だが、マリルリは抱えられたまま、ロゼリアを応援している。
「あの子を戦わせる気は、ないみたいです」
「そうなんだ。でもおかしいな」
 セナによると、ジムリーダーは普通、挑戦者の手持ちに合わせて、ポケモンの数を決めるそうだ。六対六のフルバトルになることは滅多にないが、二から四体のバトルが多い。
 リオンが二体しか手持ちがいないとなると、彼は当然、二対二の試合を執り行うはずだった。
 それが何故、三体という指定をしたのだろう。過去の自分も、マリルリを借りてまで従ったのだろう。
「レインバッジが欲しい理由は、特にないと思うのですが・・・・・・」
「んー、みたいだね。リーグに出たいわけでもないんでしょう?」
「そうですね、たぶん」
 そうこう言っている間に、ロゼリアがキングドラを倒した。やどりぎのタネで動きを封じ、シャドーボールで体力を削っていたのである。
 ミクリに悔しがる様子も、焦る様子も見られない。至極落ち着いている彼の三体めは、ミロカロスだった。
 過去の自分はロゼリアを続投し、リーフストームの指示を出す。
 木の葉の嵐が、フィールドを縦断した。軌跡に荒波が立つ。
 直撃したミロカロスは、耐えてアクアリングの構えを取る。
 その隙にやどりぎのタネを命令するのだから、過去の自分たちは容赦がないと思う。
「あ、学校は?」
 セナが人差し指を立てて、虚空を指した。
「バッジの取得数に応じて、単位認定される教科があった、そういえば」
 警察学校で、それで単位認定された科目があったんだ、と彼女は自慢げに笑った。
「学校・・・・・・」
「フリースクールとか、通信制の学校とかね」
 旅をしていたらしい自分に、学校に通う暇があったとは思えない。
「まぁ単純に、自分の実力を試すのに挑戦してたってことも有り得るけどさ」
「そうかもしれま・・・・・・あっ」
「あっ!?」
 驚嘆が重なる。映像の中で、ロゼリアが倒れた。
 過去の自分はすこし悲しそうにロゼリアを戻す。労いの言葉を掛け、ふたたびハクリューを繰り出した。
 挑むような強い眼で。
 傷ついたミロカロスを見据え、迷いなくハクリューに指示を与える。
 勝負が着くのは、早かった。
 しんそくを受け、ミロカロスの長い胴が水に落ちる。
 水飛沫が高く上がり、しばらくすると眼を回したミロカロスが浮いてきた。
 審判が高らかに、リオンの勝利を宣告する。
『なんということだ・・・・・・』
 ミクリが絶句して、ミロカロスをボールに戻した。
 対岸では過去の自分が嬉しそうに、帰ってくるハクリューを迎える。
『マーレ、頑張っ──』
 フィールドは辺りに水が散り、足元は悪かったとみえる。
 一歩踏み出した拍子に、リオンの足がつるりと滑った。
「あっ」
 バンダナの少女がすっ転んで、水のフィールドに転落する。
 どぼん、と水飛沫が跳ねる。
「えぇぇえっ!?」
 セナと、映像の審判の悲鳴が響く。
 しかし心配も必要なく、ほどなくマリルリが救助する。
 ハクリューが中空で固まっていたが、すぐに主人を水辺から遠ざけた。
 ミクリは審判にタオルを言いつけ、だばだばと水に濡れるリオンに声を掛ける。
『マリルリは水難要員だったのかな』
『そんなつもりではないです。でも戦わせるつもりはありませんでした』
 ミクリは悠然とリオンに歩み寄った。
『本当にそのマリルリを戦わせることなく勝ってしまうとは・・・・・・』
 ミクリはふっと笑った。
『生意気だ』
 そこで、映像は終了した。
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