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□Sickness...? なんでもなおしは効きません!
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「いっけー、アゲハント!」
「がんばれ、キリンリキ!」
トクサネシティの公園では、ふたりの少年がポケモンバトルを始めるところだった。リオンは、買い物袋を抱え直しながら横眼で見遣る。
「ちょっと見ていこうか?」
横を歩いていたダイゴに誘われ、フィールドの側まで寄った。買い物の中身に、すぐ冷蔵庫に入れなければならないものもない。少し観戦したい気持ちが勝って、頷く。
買い物帰りに、ここを通るのが決まりだった。公園でトレーナーとポケモンとの触れ合いを眺めるのが、ダイゴの趣味らしい。
ダイゴは油断なくフィールドを見つめている。ホウエン地方チャンピオンまで登り詰めた男は、若年者のバトルも研究の対象らしい。
少年ふたりは観客に気付いていないらしく、熱のこもった指示を出す。
「アゲハント、メロメロ!」
アゲハントが空中で、大きなハート型にパワーを溜める。キリンリキの技を出しにくくする作戦だろう。
だが、相手の方が上手だったようだ。
「キリンリキ、マジックコートで防御だ!」
アゲハントがハートのエネルギーを放ったとたん、キリンリキが虹色に光る膜を纏った。大きなハートが触れると、パンと弾けて散ってしまった。
「なるほど。アゲハントはトリッキーな補助技に優れたポケモンだから、キリンリキのトレーナーも、きちんと対策をしたというわけか」
分析するダイゴを振り仰ぐ。
すると、信じられないものが眼に映った。
「だ、ダイゴさん、上をっ!」
「え?」
弾けたハートが、ふわふわと漂っていた。
注意を向けたのがまずかったろうか。
ハートの欠片がダイゴの顔に触れて、ぽわんと弾けて消える。
「っ!」
「ダイゴさん!?」
ダイゴは眼を覆っている。眼に当たったのだろうか。
近くのベンチに座らせて、ダイゴの眼を覗きこんだ。アイスブルーの瞳は涙で潤んでいるものの、外傷は無いようだ。
その前で、手をひらひら振りながら。
「見えますか・・・・・・?」
「・・・・・・うん、よく見えるよ。リオンの顔がね」
ひとまず、ほっとした。ポケモンの技が命中したとあって、心配も大きかったのだが、平気そうだ。
だが、後から症状が出る可能性もありえる。今は痛みもないようだが、ぶつかった箇所が腫れたり、内出血が起こるかもしれない。嫌な想像は拭えなかった。
「そんなに不安そうな顔をしないで」
「しかし、・・・・・・」
「ダイゴさん! うわぁ、ど、どうしよう!?」
少年たちが駆けてくる。アゲハントのトレーナーはひどくうろたえて、キリンリキのトレーナーはなにも言えずにおろおろしていた。
「ごめんよ、バトルを中断させてしまって。いい試合だったのにね」
「そ、そんなことより、怪我したの!?」
「大丈夫。メロメロの欠片がちょっとぶつかっただけだから」
「大人の人呼んで来ようか?」
「必要ないよ。リオンがいるからね」
少年たちは憂い顔をリオンに向ける。
彼らはなにも言わないが、年下の子供にすら、こいつに任せてはおけないと思われているのだろうか。
ダイゴが、リオンの肩に手を置いた。
「リオンはとても頼りになるから、心配は要らないよ」
「ほんとに?」
「こんなことで嘘を言っても仕方ないだろう?」
「ダイゴさんが言うなら・・・・・・、リオンさん、ダイゴさんのことよろしくね!」
「う、うん」
トクサネというちいさな島では、新参者に対して風当たりが強い。それでも子供は柔軟だが、ダイゴの威光があるから、態度を改めたのだろう。
ダイゴも打ち解けるまでは時間が掛かったのだろうか。そんなことを考えた。
リオンは買い物袋を持ち上げて、ダイゴの手がそのまま肩に載っているのに気が付いた。
「立てますか?」
「リオン。やっぱりそれ持つよ」
買い物袋のことである。
ひとつしかなくて、さほど重たくもないので、リオンが持っていた。
買い物直後も彼はそう申し出てくれたのだが、リオンの方から断っていた。買い物も付き人の仕事だし、荷物持ちくらいできなくては、務まらない。
なにより自分の気が進まないから、頑なに持っていた。
リオンはふるふると首を横に振る。
「無理はだめです」
「身体はなんともないんだよ?」
「後から異常が出るかもしれません」
「かわいい女の子に重たい荷物を持たせる方がつらいと言っても?」
ダイゴは斜め下から、じっとリオンを見上げている。潤んだ薄青の瞳が甘えるように、リオンを捕らえて離さない。
そんなことを言われたのは初めてだ。
ダイゴが親切で面倒見が良いのは、身を以て知っていたが・・・・・・。
素直に甘受するのも申し訳なくて、結局リオンは首を横に振った。
「わたしに・・・・・・付き人の仕事をさせてください・・・・・・」
「リオンはいつも働いてくれてるでしょう。たまにはお休みしなよ」
ダイゴの方が一枚上手だった。立ち上がりながら、ひょいと荷物をひったくられる。
「あっ」
「そんなにこれ持ちたかった?」
「お休みするとは、どうすればいいのですか・・・・・・」
困った付き人だ、とダイゴは笑う。
さすがに気に障ったかとびくびくしていると。
「うーん。じゃあ仕事をお願いするよ」
助かった、と思った。仕事以外では、ダイゴの側にいられないと思っていたから。それを休めとなると、どこに居ていいのか、見当もつかなかった。
ほっとするリオンに、ダイゴはすっと、空いた手を差し出した。
「握って」
「・・・・・・?」
変わったお願いだ、と訝りながら、両手で包み、握手する。
ところが、ほどかれてしまった。
「そうじゃないよ」
一度離れた手は、リオンの片手を捕まえて、しっかりと握る。
手繋ぎである。
「あの、ダイゴさん・・・・・・?」
「仕事だよ」
「は、はい」
これのどこが、との疑問は飲み込んでおく。ダイゴなりの妥協案なのかもしれない。
そういえば、流星の滝でも、彼は手を引いて歩いてくれた。
ポケモンの技を受けた彼を、導かないといけないのは自分の方なのに。
せめて、ダイゴが転んだりしないよう、しっかりと握りしめた。
指輪をふたつ嵌めた手は、心地よい冷たさを持っていた。