陽炎ノ旋律
□一滴目
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始まり―。それは、本当にただの偶然だった。
任務が終わった後、日課の修業をしなかったのがよかったのかもしれない。或いは、俺の担当上忍の波風ミナトが少し抜けていたせいもあるかもしれない。
先生が置いて行った忍具を見つけて、次の日も任務で会うのに“日課の修業”という選択をせずに、その日に届けに行ったんだ。
そこに偶然が重なった。それだけのこと。
それだけのことなのに、その深紅に深い柘榴のような宝石の瞳から…、俺は視線を外すことができなかったんだ。背丈程の長い黒髪とか、陶器よりも白い肌とか、形の良さそうな唇とか。そっちよりも深紅の宝石がとても綺麗だと、手に取りたいほど心から綺麗だと思った。
なのに―。自分に向けられる視線と先生に向けられる視線の違いに気づいて、子供ながらに腹が立った。でも、彼女の心地よさと温かさを無くす勇気はどこにもない。ただ、与えられるモノを受取るしかなくて…。
こんなにも“あなた”でいっぱいなのに。
あなたは“あなた”を残して、俺の前から消えたんだ。
それでも、やっぱり手離すことができなかった。
この気持ちに、名を付けるなら…なんと言うだろうか。