小説

□カルガモ子ガモ
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「…ベルトルト、私はライナーじゃないんだよ?」

そう言って私の少し後ろをついて歩いてきていたベルトルトに振り向き軽く睨んでやった。ベルトルトは急に立ち止まった私に驚き、そしてなんでいきなり私が怒りだしたのかと首を傾げて困惑している。…くそ、あざとい。

「えっと…知ってるよ?」
「じゃあなんで私の後ろをついて歩いてくんのよ、カルガモの子ガモかあんたは」

食堂へと続く廊下。今日もかなりハードだった訓練を終えて、空腹に捩れるお腹を抱えて食堂へと急ぐ同期たちを横目に私はベルトルトを睨み上げて腕を組んで仁王立ちした。
ベルトルトはまったくわけがわからないというように目線を泳がせて「うぅ…?」とかわい…奇妙な声をだして誰か助けてはくれないかとチラチラ後ろを振り返っている。

「おい、こっち向け馬鹿」

ベルトルトの胸ぐら…は、届かないから上着の裾を引っ張って無理やりこっちを向かせれば、普段から優しげに垂れさせている眉を今はこれでもかと八の字に垂らし、黒目がちの瞳にはうっすらと涙さえ浮かべてベルトルトの顔がうつ向くように私を見下ろした。…なんかちょっと、可哀想だけど…ここで引くわけにはいかない。
一瞬流されそうになった心に叱咤して、改めてキッとベルトルトを睨み上げた。

「…私たち、付き合ってるんだよね」

それでも少しだけ流されてしまった私は口調だけを優しいものに変えてゆっくりとベルトルトに聞いた。少し離れた食堂からはざわざわと賑わう声が漏れ聞こえてくる。…まだまだ成長期で、それでなくても同期と比べて飛び抜けて背の高いベルトルトに昼食抜きなんていう残酷な仕打ちはしたくない。それに私だってお腹が空いている。だから早く、可愛らしく目をぱちぱちしてないで答えなさいよ。

「うん」

こくりと頷くベルトルト。その頬には少しだけ赤みがさしていて、恥ずかしいのか再び目線だけがうろちょろと泳ぎだす。
そうだ、私とベルトルトは付き合っている。一月ぐらい前から。私から告白して、実は自分も前から気になっていたんだと顔を真っ赤にさせて言ってくれたベルトルトの言葉は今でも私の心臓を暴れださせるには充分で、そしていまだ好きという言葉をベルトルトの口から聞けていないことにたまらなく不安を煽られている。
僕には自分の意志がないんだとこぼしたベルトルはいつも誰かの後ろに立って歩いていた。そのほとんどがライナーの後ろで、たしかにライナーは頼りがいがあって昔からの幼馴染みらしいから彼の後ろについて歩くのも、彼の意見になんの訝しさも感じず賛同してしまうのも…まあ、いいとしよう。本当はよくないのかもしれないけど、優柔不断で流されやすい性格のベルトルトも私は好きだから。でも、でもさ――。

「…私たち、恋人同士なんだからさ…いつも私の後ろ歩いてないで、並んで…歩こうよ、」

最後のほうは恥ずかしくなって声が小さくなってしまった。赤くなったであろう顔を見せたくなくてうつ向く。だからベルトルトがどんな顔をして私を見下ろしているのかはわからない。また私の言葉の意味が伝わらず目を泳がせているのか、それともさすがのベルトルトでも呆れているだろうか。どっちも嫌だな…。
突如おとずれた長い沈黙に耐えられず、なにか言おうと口を開きかけたとき、自分の意思に関係なくうつ向かせていた顔がゆっくりと上げられた。両頬に感じる温かさと、間近にあるベルトルトの顔で彼に両手で頬を包まれて上向かされたことがわかった。

「べる――…っ」

名前を呼びかけたとき、そっとベルトルトの長い睫毛がふせられてコツリと額を優しくぶつけてきた。そして彼の高い鼻が私の鼻をくすぐって、次に唇同士がゆっくりと重なった。
触れるだけのキス。
一度触れて離れたそれは、間をおかずすぐにまた重ねられて今度は遠慮がちにペロリと下唇を舐めてきた。あまりのことにびくりと肩を震わせれば、次ははむっとベルトルトの薄い唇に下唇を挟まれちゅっと濡れた音を響かせて優しく吸われる。

「ん、ぅ…」

私にとってベルトルトは初恋の相手であり、そして初めて付き合った異性である。だから他と比べることなんてできないけれど、彼のキスはきっと上手いと呼ばれる部類にはいるのだろう。
ちゅっ、ちぅ、と散々舐めたり吸われたりして、いよいよ肺に溜めていた酸素が限界に達したときようやくベルトルトは名残惜しむようにもう一度ちゅっとリップ音を鳴らしてからそっと唇を離してくれた。…それにしたってまだ近すぎる距離にベルトルトの顔があって、まだ両頬を包まれているので顔が動かせなくて今度はわたしが目線を泳がせる番だった。ああ…顔が熱くてどうにかなってしまいそうだ。

「…ごめんね」

囁くように呟かれた謝罪の言葉に泳がせていた視線をベルトルトへと向ける。頬は朱色にそまっているが、今までに見たこともないような真剣で熱っぽいベルトルト黒の瞳が私を射ぬいていてドキリと心臓が跳ね上がった。

「君が僕の前を歩いて、時々振り返っては微笑んでくれるのが可愛くって…それで」

たしかに、付き合い始めの頃は一緒に移動しているのに隣を歩いてくれないベルトルトがちゃんとついてきているのか心配でチラチラ振り返っていた…ような気がする。振り返るたび、いつも歩幅一歩分のスペースをキープして私についてきていたベルトルトは私と目が合うとへらりと笑ってどこか嬉しそうだった。今じゃ少しの不満の種が、その時はベルトルトが笑ってくれるのがたまらなく嬉しくて…って、ということはつまり今まで隣を歩いてくれなかったのは半分は私のせいでもあるってことなのか?

「…ベルトルト」
「うん…?」

私に呼ばれて首を傾げるベルトルト。だからそれ、あざといんだって。
いまだ私の頬を包む大きな手をやんわりとはがして、ベルトルト左手を私の右手で握りしめて隣に並んだ。

「今度は振り返るんじゃなくて、見上げるからさ…隣を歩いてもらってもいいかな」

手をつなぐオプション付きですよと呟けば、ベルトルトは心底嬉しそうにくしゃりと微笑んだ。

「どうせなら、恋人つなぎがいいなぁ?」

だめ?とまた可愛らしく首を傾げて聞いてくるものだから、私はとにかく頷くだけで精一杯だった。こいつ、本当はぜんぶわかっててやってるんじゃないだろうな…。
一瞬恐ろしい考えが頭を過ったが、隣を見上げれば顔を赤くしてだらしなくへらへらと笑みをこぼすベルトルトがいて、なんだやっぱり天然だと胸を撫で下ろした。
一度つないだ手を指と指を絡める恋人つなぎにつなぎ直して、さてようやく昼食だと食堂の方へと一歩踏み出せば無情にも鳴り響く鐘の音。

「へ?…ああ!」

昼休みが終わってしまったことを意味するその鐘の音に私は絶望間に打ちひしがれる。そんな…この後立体機動の訓練と座学の授業が残っているのに…!

「…昼休み終わっちゃったね」
「ごめん、ベルトルト…私のせいで、ご飯食べ損ねたね…」

申し訳なさすぎて項垂れる私の手を優しく引いて歩きだすベルトルト。…あ、私の前…歩いてる?
新鮮すぎる光景に目を瞬くとベルトルトが首だけで振り返って大丈夫だよと微笑んだ。

「きっとライナーが僕たちの分をとっておいてくれてるだろうから」
「…そうだといいな」

やっとのことでそれだけの言葉を絞りだし、急いでベルトルトの隣に並んだ。隣から見上げる顔はいつも感じる可愛さとは違って、なんだかとっても男らしかった。

「ベルトルト、好きだよ…」
「!」

不意にこぼれた私の言葉にベルトルトは一度立ち止まって、私の右手を強く握った。

「僕も、好きだよ…大好き」

やっと言えたと嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑っていたベルトルトは急に顔を青ざめさせておろおろと慌て出した。どうしたのかと首を傾げれば、彼の右手が私の目元を拭う。

「え…なに、どうし――」
「だってナタリー、泣いてる」

え?と自分の目元に触れてみれば指を濡らす滴。え、うそなんで?
自分のことなのにわけがわからずごしごしと目元を擦る。けれど涙はいっこうに止まる気配を見せなくて。

「ごめん、僕なにかした!?え、あ…好きって、嫌だった?」

思い当たることがそれしかないのか青い顔をさらに青くして、さらにはベルトルトまで目元にうっすら涙を溜めて必死に謝ってくる。違う、そうじゃないんだよ。私、ベルトルトに好きって…初めて好きって言ってもらって嬉しくて、泣いてるんだ。

「ぅ、ひっ…ばかがぁー、そんなわけないだろうがぁ…っ!」

そうとわかれば私は迷うことなくベルトルトの胸にダイブした…というよりタックルをかましたと言った方があっているかもしれない。うっと声を漏らして一歩よろけるベルトルト。けれどしっかりと私を抱きしめてくれた。

「一月も待たせやがって、ひっ…ばかやろうぅ〜」
「へ、うん、ごめ…」
「簡単に許すと思うなよ!」
「ええっ」
「もっと好きって言え、1000回は言えよばかぁ!」

まるで聞き分けのないだだっ子みたいだ。でもしょうがない、これはベルトルトが悪い。私を泣かした責任はちゃんととってもらう。恨むなら私を惚れさせちゃった自分を恨め。
そのあとベルトルトは律儀にもちゃんと1000回好きだと言ってくれた。


























「ベルトルトってさ、キス…上手いんだね」
「え、そうかな?でも本番はあんなもんじゃないからね」
「えっ!?」
「え?」










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