Word

□椿
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「リリイさんは…」

「?はい」

「…リリイさんは、まるでしんしんと降る雪みたいですね」

「……はい?」


突然何を言い出すのだろうとしか思えないこの発言。
続きをとりあえず聞いてみる。





「えと、どういうことでしょうか」

「ん〜…えっと、安心できるというか…ホッとするというか…でもそれだけじゃなくて。…あの、ごめんなさい…上手く説明できない」

「……」


一体何を思ったのだろう、何を感じたのだろう。
でも本人が上手く説明できないと、少ししゅんとする蒼に、大丈夫ですよと言ってにこりと微笑みを交わす。
そんな微笑みに、安心したのか蒼もにこりと微笑みを返し「ありがとうございます」と言った。







(蒼さんの笑顔は、何だかホッとしますね。……なんなのでしょう、鼓動が高鳴る…この胸の熱さは……)


胸の鼓動がドクンと熱く動くのが分かった。
リリイが少し影を落としていると、蒼は様子が少し違うことに気が付き、声をかけた。




「リリイさん?」

「!…はい?」


「どうかしたのですか?具合、悪いのですか?」

「…いいえ。蒼さんの為にひと肌脱がせて頂いて、とても光栄です」


するりと器用に服をずらし、既に肩が見える状態に。
はわわっと再び慌てふためき、脱がそうとするリリイの服を掴んだ。




「あっ、ダメですよ!」

「おや、どうかしましたか?」

「脱いじゃダメ!風邪を引いてしまうっしょ〜や」

「大丈夫ですよ、風邪引きませんから」

「だ、ダメっ…あう、あのっ…わ、私が困るから!もし風邪を引いてしまったら、なまら申し訳ないべさ!」




必死になり、つい方言が出てしまいながら訴える蒼に、(なまらってなんでしょう?)と疑問に持ちながら服を戻すリリイ。
あまりにも心配してくれる反応で、リリイも困りましたね…と少し苦笑していた。
風邪など引かないのに…そうまでして人の事を心配する姿に心温まるような感じを覚える。
そしてマンションに辿りつき、無事真昼たちを部屋に戻す事ができた。
籠の中にタオルを詰めて、その上にすやすや眠るクロを置く。
帰宅しようとするリリイに、「ちょっとだけ待って下さい!」と制止する蒼。
「直ぐ戻るので、ここで待っててもらえますか?」玄関の外で待っててもらい、蒼は自分の部屋に一度戻った。
鞄の中からリボンでまとめた小包を手に取る。
それを持ってリリイのいる玄関の外に向かった。




「あの、これ…ありがとうございました。とても、助かりました」

「…これは?」

「えと、今日学校で焼いたんです。文化祭用で、クッキーなんですけど…お礼に」

「宜しいのですか?どなたかにあげる予定だったのでは?」

「はい、今リリイさんにあげる予定ができました。なので、差し支えなければ受け取って下さい」


ふんわりと笑みを零しながらクッキーの入った包みを差し出す蒼。
一瞬止まったが、リリイもふわりと笑みを返して「では、頂きます」とクッキーを受け取った。
蒼はリリイを見送り、真昼の様子を見ようと一度真昼宅へお邪魔する。
真昼の部屋へ行き、様子を伺う蒼。
倒れてから一度も目を覚まさない、けれどすーっと眠っているだけの真昼に安堵の表情を浮かべた。
クロも変わらずすやすや眠っている。
思わずふっと笑みを零し、そっ…と優しく頭を撫でてあげた。
部屋を出て、リビングに向かう蒼。
机の上には、あの人形を置いていた。
先程のこともあり、びくびくしながらじっと見ていると…。
















「なんだよお前、さっきから見てんじゃねーぞ!!」



ビクゥッ

「はうあっ!!ごめんなさい!!」


手品師の人形は、じっと見やる蒼に向かって言った。
いきなりの大声と怖い言葉遣いにしゃがみ込み、思わず謝罪する。
「アハハハ☆こんなのでビビッてやんの!人間てホント馬鹿だよねェ〜☆」ケラケラと手品師の人形は笑っている。
その間に蒼はゆっくり立ち上がり、ゆっくりと人形が置いてあるテーブルに近付いた。





「あ、あの…」

「あ?」

「あ、貴方誰ですか?何で、真昼くん達に?」

「そんなこと知ってどうすんの?何にも出来ない無力な人間のくせに」

「う…」

「アハハハハッ、キミって馬鹿なのォ?さっきも無力で馬鹿な人間を庇ってさァ!」

「なっ、はんかくさくないっ!テストの点はいいべさ!……体育以外は…」

「はぁぁ?何はんかくさくないって!何が臭いのォ?なにソレェ〜〜〜!アハハハハハッ」


ムッとする蒼。
すると人形をがしっと掴み、ゆっさゆっさと横に揺らした。
「ちょっ!やめろよォ!」頭や手足が横に思いっきり揺れることに人形は抵抗ができない。
それでもやめない蒼、「あ〜もう〜!なんか気持ち悪くなってきたしィ〜!」人形は泣き叫ぶように制止を乞うた。






「…はんかくさいって、馬鹿ってことと一緒」ゆっさゆっさ


「分かった、分かったからァ!もうやめろよォ…!…うえっ、さすがに気持ち悪く…なってきた……」

「……じゃあ、もう言わない?」ゆっさゆっさ

「言わないよォ〜〜約束するからァ〜〜…」

「……分かった。約束だよ?」


揺らしていた手を止める蒼、と同時に…。











「バーカバーカ!騙されたァ〜〜〜!!ギャハハハハッ」






「………っ…」


「へ?…な、なんだよォ〜…」


手品師の目に映ったもの…それは…。












「……言わないって、約束したのに…っ」ポロッ


蒼の瞳から涙がぽろぽろと零れていた。
手品師が泣かせた。
まるで小学生のやりとりのようだ。
好きな子ほどいじめるという、幼き日の男子…それが今正に手品師というわけだ。
蒼の涙に手品師は慌てふためき、手をバタバタさせた。





「なんでそんなことで泣くんだよォ〜〜!ジョーダンでしょォ〜〜?」


「ダメよ……冗談でも、傷付くんだよ?」

「〜〜っあ゛〜〜〜〜もうっ、分かったよ!もう言わないから!ごめんて!」

「……本当にもう言わない?」

「言わない言わない!言わないからァ…泣かないでよォ〜〜…」


手品師の声は、本当に困ったような様子だった。
「……うん」蒼は涙を拭い取り、ふっと笑うと、人形をそっと抱いた。

そして手品師は思う。
…普段ならこんなに慌てないのに……あっても“あの人”くらい。
間違いをしちゃった後、ダッツ一個じゃ許してくれなくて、機嫌を直してもらおうと二個に増やしたら機嫌が直る。
手品師の中で思い浮かべる“椿”その人だ。
この娘にも、似たような感じを受けた…と、それが何故かは、分からないまま。
今抱かれていて、何故かとても心地が良いことも…。





「ダメね私……ごめんね?困らせちゃって…」

「…べっつにィ〜?」




「ねえ…聞いてもいい?」

「なァに?」





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