Word
□椿
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「え………」
「く…は……あ゛……?」
真昼と蒼の頬や服に血が降り着く。
突然の出来事に、真昼も蒼も声が出ず、真昼は尻もちをつき、蒼はへたっと座り込んでしまった。
ずるっとクロが手品師の髪を掴み、身体を持ち上げる。
そこで真昼はようやくクロの名前を呼んだ。
「クロ…クロ!!もういい…っ。もういいよ!そいつもう動けない…し、ク……」
びくっと身体を強張らせる。
あまりにも暗くどこまでも冷やかな瞳と表情。
さっきとはあまりに違う…これが、本当のクロなのだろうか。
真昼の言葉を聞き入れず、手品師の首に歯を突き立て噛みつこうとするクロ。
思わずそれに蒼が「クロ!!ダメよクロ!!」と叫んだ。
そんな蒼の叫び声に、真昼は正気に戻った。
「クロ!!」
鎖を引っ張り、なんとか噛みつくのを阻止できた。
「お前…全部オレに責任追わせるって言ったよな。じゃあ言うこと聞けよ…っ」
「―――――――…」
クロは手を離し、手品師はずるっと地面に倒れた。
思わずホッとしてしまう蒼。
襲って来た人なのに…何故か安堵してしまった。
「…チッ。…クソがァ!!くそがクソがクソがァァ!!お客様この列車の行き先はご存知ですかァ!?
楽しい楽しい地獄行き。ヴァンパイア★パレード(吸血鬼★夜行)!!暴走特急、途中下車不可の旅だクソガキがァ!!」
怯えた目で見る真昼と蒼。
こんなにも血だらけでやられているのにも関わらず、どこからこんな大声を発せるのか…。
血も吐いている。
「ごほっ…今日のショーはここまでッ」
がぼっとシルクハットを被る手品師。
するとぽてっと地面に座り込む人形に彼は変わった。
「―――…?」
「へ…っ!?」
「な…!?」
人形になったことに、三人は思わず目を丸くする。
誰だって、目の前で人から全く別物に変われば驚くだろう。
クロもまた然りだ。
近付き、恐る恐る人形を持ち上げてみる真昼。
「何…これ。死んだ…の…?」
「あはははははァッ死なないよ吸血鬼だもん!!バーカバーカぎゃはははは」
突然笑い出す人形に思わずびくっと肩を震わせる真昼と蒼。
だがその後のバカにした笑いに怒りが現る。
そんな人形にさくっと自分の爪をシルクハットにぶっ刺し、おらおらと人形を揺らした。
「おら、CM明けだぞ。クイズの答えは」
「あァ〜〜やめてよォ、ゆらさないでよォぼうし取れちゃうよォ〜〜」
(あのシルクハット、くっついてるんだ…)
「椿がキミを嫌う理由はァ…もォわかってるでしょォ?キミがこのクイズに答えられないってことが答えだよォ?」
そう言う手品師の言葉に、クロは理解が出来ず?を飾すしかない。
そもそも“椿”なんて知らねー…そう言う他無かった。
「そう。キミは“椿”を『知らない』んだ。
かわいそうな椿、かわいそうな椿。
だァれも椿を知らないの〜
だから椿は殺したがってる
兄弟も人間も社会も世界も
椿を知らない全部は死んじゃえ★」
その椿という人を大切に想っているのが、蒼には痛いくらいに感じ取れた。
それだけ、その椿という人が大切なんだ。
蒼は何故かその椿という人の事が気にかかった。
そして、自分の胸の中にも、どこか分かる気がする、でも分からない、わだかまりが出来ているみたいに…。
…だが、椿という人物に関して、クロには関係ない。
「知らねーもんは知らねーよ。めんどくせー…」
それだけを言うと、鎖やクロの爪はバシャッと一瞬にして消えた。
その勢いにやられ、真昼も尻もちをついた。
「わっ!?鎖が…消えたのか。びっくりした…」
倒れているクロに気付いた真昼は「おいクロ!大丈夫―――…」と声を掛ける。
「大丈夫じゃね――…あ――――――明日絶対筋肉痛だー…めんどくせー…」
「筋肉痛とかあんのかよ…しっかりしろ吸血鬼…」
「あはは…帰ったらちゃんとお風呂入って身体ほぐさないとね、クロ」
ぷるぷると身体を震わせるクロ。
そんなクロを見て、蒼はまたも安堵した。
さっきの冷たい表情が忘れられない…さっきの瞳や顔が怖くなかった訳じゃない。
とても怖かった…でもその恐れ以上に元に戻った事に、何より安心したのだ。
そして、真昼も……。
(…よかった。元のクロに戻っ…て……さっきなんか怖かったし…)
ふらっと真昼は身体が後ろに倒れていく。
真昼の様子に気付いた蒼は「真昼くん?」と呼びかけた。
「真昼くん?どうしたの?真昼くん!真昼くん!!」
目がかすんでいく…目の前にいる黒猫のクロと、手品師の人形、そして蒼が見える。
蒼の必死な呼びかけも、真昼の耳から段々遠のいていく。