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□取り戻した唄
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『貴女の名前は、なんていうのですか?』


『……』

『ずっと気になってて…』


いつか言われると思っていた、そんな目を泳がせながら…。
本名を言おうかと迷っていたが、それが蒼の記憶に影響しないとは言えない。
かと言って、自分の正体を名前で言うなどと言語道断。
では何にしようか、そう思いながら蒼を見た時に思いついた。
女性はふっと笑みをこぼして、その名を告げた。

























“F”と呼ぶが良い』





『え、F?』


『そうだ』

『な、なんか…Fさんって、容疑者とか被害者の仮名みたいで…』

あははっ。良い良い!気にするでないぞ?』

『…は、はあ』


“F”と名乗った女性はケラケラと笑った。
手をぱたぱたと振り、陽気になるFに蒼は困惑した。
今までの様子と一変したことに戸惑いを感じているのだ。
だが同時にほっとしたこともまた事実。
ずっと緊張した状態で目の前に座っていたのだから、こんな顔もあるのだと知ることができた。








『…ふふっ』



『む?何がおかしい?』

『ふふっ…だって、今までこんな風に笑わなかったのに…何だか子供みたいだなって』

『何を言う。私はそなたよりもずっとずっとず―――っと上なのだぞ?』

『分かってますよ』

『敬う事を忘れてはならぬ。良いな?』

『はーい』



にこにこと微笑む蒼。
さっきの困惑した表情と一変し、Fもまた安心した表情で再び紅茶を口にした。
このように蒼と気軽に会話が出来る事を喜び、気分がすっかり上場になるF。






『ふっ。この私を陽気にしようとは、そなたはなかなかの大物であるな』

『え?お、大物だなんてそんなことっ。有名な人とかと比べたら、私なんて…っ』

『何を言うか。人は比べるものではない、己自身が唯一無二の存在なのだ』

『……唯一無二…』

『そうだ、忘れてはならぬぞ?』

『は、はい…!』

『うむ。せっかくだ、良い物を見せてやろうぞ』

『良い物…?』



Fはカップを持っている手とは反対側の手をゆっくりと上に持ち上げて目を閉じた。
人差し指が空を指す。
すると降っていた雪が止み、テーブルの周りがふわりと風に包まれた。
二人の髪や服が靡き、蒼が『えっ?ええっ?』と左右を見渡しながら慌てている。





『驚くことはない』


『で、でも、急に風が…っ』

『大丈夫だ。…さあ、私の後に続いて詠唱せよ』

『え、詠唱…?』




その後は何も言わないF。
困惑する蒼だが、手に胸を当てて一度深呼吸をした。
そして胸の前で手を組み、ゆっくりと目を閉じた。








     ―――――『雪原の世界にて、六つの形に咲き誇る…』―――――


     ―――――『雪原の世界にて、六つの形に咲き誇る…』―――――






     ―――――『穢れ無き、美しき、透明な雪の花』―――――


     ―――――『穢れ無き、美しき、透明な雪の花』―――――






     ―――――『妖精の如く舞い踊りし者よ…汝の声を聞き給え』―――――


     ―――――『妖精の如く舞い踊りし者よ…汝の声を聞き給え』―――――













      我








すると漆黒の空からキラリと輝くものが降り始めた。
蒼は空を見上げ、輝きが降ってくる光景を目にして、同じように目をキラキラと輝かせた。





『すごい!すごいすごい!綺麗…』


“ロッカ”。穢れの無い雪が六つの形に咲いた花のように見える。まるでそれは、滅多に出会えない雪の妖精とも言えようぞ』


『わぁ……まるで小さな光が降り注いでいるみたい…』

『……』





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