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□桜哉
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「もっと…こんなふうに、笑ってたかったよ…っ。でもっ…だめなんだ。オレは…あの時、椿さんに…」
「っ!」
蒼は思い出した。
夢の中で視た出来事を……あの時、桜哉くんは…椿さんに助けられたんだ…確信を持っていた思い。
桜哉の表情を見て蒼は(やっぱし…)と悲痛な表情を浮かべた。
「あの人はオレに嘘をつかなかった」
『迎えに来たよ』
「椿さんだけがオレに手を伸べてくれた。救われたと思ってしまった」
…同じだ…真昼は思った。
叔父に助けられた……誰か誰かと、引き取り手を伸ばしてくれなかった中、たった一人だけ伸ばしてくれた、叔父の大きな手。
真昼のなりたかったもの、桜哉も…椿の手が大きな支えになっていたのだ。
「オレはもう、あの人を裏切れない…あの人が殺せと言えばオレは…」
「…それじゃあっ」
真昼は桜哉の言葉から自分の言葉を被せる。
そんな大きな声に、蒼も耳を傾けた。
「俺が椿を止めてやる。それができるのは…シンプルに考えて、俺とクロだろ!!」
「!…真昼くん」
目を見開く蒼。
だがそんな表情をふ…と緩ませる。
…嗚呼、そうか…叔父様の手は、こんなにも真昼くんを成長させているんだね。いつしか笑みが零れている。
どこか困った顔で…「羨ましいな…」ぼそっと、二人に聞こえないくらいの小さな小さな呟きを響かせて…。
「今のお前には…椿だけじゃない。俺も…蒼も…みんなもいるだろ!!一人じゃねぇよ!!」
涙を浮かべる桜哉。
そんな桜哉の涙を、蒼は指でそっ…と拭い取った。
「…蒼」桜哉は蒼にも目をやる…首に貼っている絆創膏をちらりと見ては、罪悪感を感じながら…。
「桜哉くん、ずっと悲しんでたんだね。ごめんね?気付いてあげられなくて…」
「っ…なんっ…蒼が、謝ることなんか…」
「ううん。大事な人のこと、気付いてあげられなかったの…やっぱし謝りたい」
「それ言ったら、オレなんか…っ」
「桜哉くん」
「っ…!」
今までにない、とても優しい微笑みで蒼は桜哉を見ている。
ポンッと頭に右手を置いて、巻いていたハンカチがふわふわと揺れていた。
「っ…それ…」
「ありがとう。これ(ハンカチ)、返してくれて。傷は平気?」
「……」
「あの時もありがとう、助けてくれたんだよね?私が絡まれていた時の…本当にありがとう、桜哉くん」
「っ…あ、あれは…たまたま通りかかっただけで……」
「それでも、ありがとうなの……だからね?」
「……」
「桜哉くんが助けてほしい時は呼んでね?私すぐ行くから。私が、受け止めるから」
「蒼…」
「…信じて」
桜哉の目から再び涙が零れる。
すると桜哉は、徐にポケットに入れて中から小さな紙袋を取り出して「…蒼、手出して」と言った。
出された手にポンと乗せられたそれは、ハンカチを返す前に置こうとしていたもの。
中身を見ると、そこには白いリボンがくるりと巻かれてラッピングされていた。
「それ、渡したかったんだ…本当は。似合うんじゃないかと思って買ったんだけど…」と本音を口にする。
本音を聞けた蒼はふっと笑みを浮かべ、結んでいたハンカチを解き、桜哉のポケットに入れた。
「お、おい…!」
「それ、持ってて?」
「は?」
「忘れないで。いつだって、桜哉くんには真昼くんもクロも、私もいるってこと」
「……」
茫然とする桜哉の前で、貰ったリボンを右手に蒔きつけ、リボン結びにした。
「私も、絶対忘れない」結んだリボンを見せてにこっと微笑む蒼。
我慢の限界だった。
蒼の優しさに、真昼の真っ直ぐさに、搾り取るような声で桜哉は言った。
「真昼…蒼…オレに嘘をつかないでよ」
「「嘘じゃ…」」
「信じたくなるだろ…!」
俯きながら、真昼と蒼の肩に手を置く桜哉。
「…真昼…蒼」二人の目に映ったのは、精一杯の桜哉の笑顔だった。
「…ありがとう。十分だ…っ」
拳を前に出し、真昼と蒼もこつんと合わせる。
「…でも」と続く桜哉の言葉に耳を傾けた。
・・ ・・
「今は…まだ、一緒にはいられない」
そう残し、颯爽と去って行った。
何か言いたかった言葉を、真昼は一度飲み込み、冷静になる。
そして天に向かって叫んだ。
「…待ってろ!!」
「っ!!…ま、真昼くん」
「…クロ!俺…っ。椿を止めたい…今度は本当なんだ。そのために」
日陰で人の姿になるクロに、決意固めて真昼は思いを口にした。
まっすぐな思いを…。
「俺、クロと一緒に強くなりたい!」
「向き合えっかな――――…」
普段なら向き合えない、めんどうだとしか言わなかった。
ほんの少しだけ、クロの中の思いも…変わったのだろうか…。
ふと蒼は、そんなこと感じた。