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□言えないこと
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   #16.言えないこと





「教えて下さい。御国さんが知っている事を…」


真っ直ぐとした瞳で、御国にそう言う蒼。
帽子を深く被り直しながら「教えられる範囲でね」と呟きながら…。




「まず君は、自分が普通じゃないと思ってるよね」

「っ…は、はい…」


「その点については正解だ。最も、吸血鬼と関わった時点で、オレも真昼君も、端から見たら普通じゃないからね」

「……」

「特に君は、ね」

「…私は、一体…」






       ・・・・・
「君は吸血鬼と深い関わりがある。それは切っても切れない程に。

 あの怠惰も、リリイも他の下位吸血鬼(サブクラス)も、何かしら感じてるのはそのせいだね」


「で、でも、私…クロやリリイさんに会ったのは初めてで……あ、でも…椿さんは…」




蒼は思い出す。
椿と初めて出会った時、自分を知っているような口ぶりで話しかけてきた。
膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめ、自分の記憶喪失にもどかしさを感じる。
やはり、大事なことだった筈…なのに何故、記憶があやふやなのだろう…。
自分は一体何をしたのだろう…何があったのだろう…。





「蒼ちゃん、記憶喪失だったね。なら、初めてだと思うのも無理はないよ」


「っ…!!なっ、それをどこで!?」

「…まあ、とある所からね」

「もしかして、私の知らない記憶…御国さんは知っているんですか?」

「断片的にだけどね。けど、それを知って蒼ちゃんはどうするつもり?」

「え…?どうって……知って、椿さんが私を見て悲しい表情をする原因を解いてあげたい、です」

「……罪滅ぼしでもするの?」

「…やっぱし、私は何かしたんですね…忘れてることが、きっと……私の罪…」

「……」


「……き、きっと…御国さんにも」

「オレ?」きょと







「椿さんと似ていた、表情が、ほんの一瞬だけ見えたんです。あの時…クロがおかしくなって、助けて頂いた時…」


蒼の脳内に蘇る、クロから出て来た黒い物体、黒い涙、締め付けられるような苦しみと悲しみ。
今思い出しても辛い思いが蒼の内をのた打ち回る。
そこに現れた御国とジェジェ。
耳鳴りに苛まれていた蒼の近くに寄って声を掛けてくれた時に見えた、一瞬の悲しげな、だけどどこか懐かしそうに笑みを浮かべた表情。
蒼はそれが気がかりだった。
まるで、失った昔の出来事の中で、自分が何かをしてしまったような…。
もし悲しませていたら…?苦しめていたら?傷付けていたら?
蒼にはそれがたまらなく嫌で、今すぐにでも知りたいと思っていた。






「御国さんは昔、私と会っていたんですよね?…私自身、何も覚えていないけど…」


「…どうして、そう思うの?」

「そうじゃなきゃ、あんな悲しそうな表情しないですから…」


きゅっと胸辺りの服を掴む蒼。
そんな蒼の姿を見て、動揺を隠すようにミルクティーを飲む御国。
カチャンとゆっくりカップを置き言いにくそうに…「ん、まぁ…大分違う形で、だけど…ね」ぼそっと、自分にしか聞こえないトーンで呟く。





「君は知らないでしょ?オレの部屋でチェスをしたり、宙からポンッてハーブティーを出して御馳走してくれたり…」

「チェ、チェス…?ハーブティー…?み、御国さんの部屋なんて一度も…」

「現代の人間にはないような、遙か古の知識を披露したり…その時のオレ、結構ショックだったのよ?知識は人より多く持ってた自信あったし」

「知識…?」





「部屋だった筈が、青空広がる大地に変えた事も…」


「な…ん、です…か?……それ…」

「……まあ、オレが会ったのは君自身じゃない。けど、蒼ちゃんととても深い関係の人だったよ」

「私、と…?」

「そう。吸血鬼達以上に、深い深い関係だ…」


「……っ」




蒼の表情は一向に緩む事が無い。
戸惑う蒼の脳裏には、あの声が蘇る。
理想郷にて出会うF、夢から覚める前に聞こえた、Fの優しい声…。
そして度々聞こえる、同じ声なのに酷く荒々しい叫び…。
理想郷で話している時はとても近くに感じるのに、どこか遠い存在の様で、酷く寂しそうな、悲しそうな辛そうな声を時々発する。
何も言わない、そんな悲しそうな表情が頭から離れない。
…もしかしたら、理想郷で出会うあのFが自分と深く関わる存在なのかもしれない…。
だからなのだろうか…とてもとても愛おしいと感じた。





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