Word

□言えないこと
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「…オレが言えるのは、ここまでだ。深い関係とは言ったけど、どういう関係なのかまでは知らないから。

 逆に知りたいくらいだよ。

 …それにその人の顔や名前は、オレも覚えてないんだ」


「え…覚えて、ない?そんなインパクトが強い出来事なのに…ですか?」

「そ、不思議だよね〜」

「……」

今は言うべきではない、蒼の中にそんな確信が生まれ、御国に伝えることはなかった。
きっとその人は、Fかもしれないと。
先程より落ち着いた表情を見て、御国は「さっきとはえらい違いだね」と言った。
?を飾す蒼は首を傾げる。





「さっきはあんなに取り乱してたのにね」

「…そうですね、何で…でしょうね」


ふと困ったような笑みを零す蒼。
「ありがとうございます、御国さん」にこりと微笑み直し、御国に向かってそう言った。
何故お礼を言われるのだろう?きょと、とする御国に「どうかしましたか?」と尋ねる。
硬直状態の御国は、蒼に尋ねられたことで「いや…」となんとか口を動かした。




「何でお礼を言うのかなーって…」

「へ?だって…」

「だって?」










「なんだか、それを聞いて温かくなったんです。とても大事なモノに会えたみたいに…」


「……」




「だから、ありがとうなんです」

「……そう…」


御国も、蒼の笑顔を見てふと笑みを零した。
いつの間にか、蒼の近くに移動していた、蛇姿のジェジェ。
きょとんとしていた蒼に「オレのジェジェ、昼間は蛇の姿なんだ」と付け足すように言った。
パチンと目が合い、蒼はふと笑う。
その笑みに、ジェジェも心揺れ動かされる…。
蒼は人差し指をジェジェの頭にそっと乗せて、優しく撫でた。




「ありがとうございます、ジェジェさん」

「……」



「ん?なんでありがとうなの?」

「え?…ジェジェさんも、心配してくれたんだなって。何となく分かりましたから」

「…」




するとジェジェは蒼の手からするすると上っていく。
顔を蒼と同じ目線に合わせると、蒼は自分の頬にそっと寄せて、ふわりと笑っている。
そんな蒼に逃げるような素振りもせず、寄り添い合うようにジェジェも頭を蒼に寄せた。
ジェジェも、初めて蒼を見た時に感じていたのだ…顔を隠していた為、表情は全く見えなかったが…。
蒼の不思議なオーラに…蒼のつらそうな表情に戸惑いを覚えて…。

(…参ったなぁ)御国は手をスッと伸ばし、蒼の頭にポンッと乗せた。
その行動に疑問を持ち、首を傾げる蒼。
けれど御国は何も言わず、ただただポンポンと頭を撫でているだけだった。

その後、蒼は御国と別れ、マンションに戻ることにした。





ガチャ…

自分の部屋に戻って来た蒼。
そこへ、今まで帰ってくる筈がなかった言葉が返ってきた。










「よぉ、おかえり」




「え…?あ、えっと…」

「あのガキに、何かされなかったか?」



かろんと氷水が入ったコップを持って、蒼の部屋の前でドアに背を預け、床に座っていたのだ。
そっか…朝起きたら、ロッカがいたんだっけ。
なんとか現実に頭を引き戻し、「た、ただいま…」としどろもどろに返した。




「もう、起きてて大丈夫なの?」

「ああ、少しはな。ちゅうか、今はオレ様が聞おってるんや。質問をかき消すな!」

「あ、ごめんなさい…何も、なかったよ?」

「…そうか」


「……何も、聞かないんだね」





「…物事には段階があん。どんげあっても覆されん段階って奴がな」

「今は、その段階じゃないから…聞く必要もないってこと?」

「ま、そういうこっちゃ」


ふわぁ〜〜と欠伸をするロッカ。
目をこすり、ゆらりと立ち上がるロッカは「また眠ぅなっちまったけんのう…ふわぁ〜〜…」と二度欠伸をする。
後ろを向き、蒼の部屋へ当たり前のように入っていくと、蒼はそれについていく。
机にコップを置き、のそのそとベッドの中に入っていった。




「寝るの?」

「おー…そろそろお前さんが帰ってぐらど思て、あそこで待ってただげだ…」

「…待ってて、くれたの?」

「…だから、そー…言うてるやろ…?」

「う、うん…ありがと」

「………今日の、夜…は…」

「え?」


「……気を…付け、ろ……ょ…」





「…?…ロッカ…?」


蒼の呼びかけに答える事無く、ロッカはそのまま眠りに着いた。
横向けで、安心したような表情で眠っているロッカ。
キシッ…とベッドの端に座る蒼は、さらさらとロッカの頭を撫でた。
どこかくすぐったい気持ちを覚えて…。




(…なんだか、くすぐったいな…あの時、言ってくれた言葉…)











     ―――――『よぉ、おかえり』―――――





ポスン


笑みを零しながら、ロッカの隣に横たわる蒼。
部屋に帰っても、おかえりと直ぐに返されることがなかった。
隣に真昼が住んではいるが、それとはどこか違う…。
家族が増えたような感覚でほっとした蒼のまぶたは、ゆっくりと閉じられていった。





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