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□知ることと知らないこと
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   #17.知ることと知らないこと





二人を見送り、蒼はポツンと一人残り、ただ立ちすくんでいた。
真昼から聞いた内容に、蒼は信じられないでいたのだ。





「私は、私…わたしは、わたし……」


拳に手を重ね、落ち着かせるように呟き続ける蒼。
深呼吸をし、ふうと一息吹くと、気持ちはひとまず落ち着いた。
そして自分自身の中で整理を始める。




(私は昔、ここにいた。そして、椿さんも……椿さんが私を知っていたということは、その時会っていた…?)


始めて椿と会った時、蒼の内の何かがざわついた。
そして椿も、蒼に対して言った。







   ―――――そうだよ、●●●●。僕が椿だよ―――――






雑音が響いたようで、聞き取れなかったものがある。
…もしかしたら、それがC3にいた時の名前かもしれない。
けれど何故、それが聞き取れないのだろう…。
それが前にも度々あった…先ほどもそうだった。
雑音に紛れて名前が聞こえない、紙を破られたように視ることができない、もどかしさが募るばかり…。
椿に何かをしてしまったかもしれない、傷付けてしまったかもしれない。
それがまるで、蒼の不安を掻き立てるように…。





「……椿さん…怖い、怖いよ……」


ふるふると震え、涙を浮かべる。
すると…。










     ―――――怖がらないで…怖がらないで…?―――――



     ―――――こっち……こっちよ…?―――――






「……」


引きこまれるように、蒼はふらふらと歩き始めた。
辿り着いたのは、第27資料室。
勝手にガチャッと鍵が空いたような音が響いた。
おそるおそるドアノブに手をかけると、扉は簡単に開いた。
部屋を見渡すと、ファイルも本も書類も、綺麗に整頓されている。
あまり使われていないような雰囲気が漂っていた。




「……なんだろ…なんか、見覚えが………あっ」


引っかかっていた小骨が取れたように、蒼の中で思い出した。
目が覚めるまでに視た、夢の内容…。
男性と女性がいて、とても優しそうな人達だったことは覚えている。
けれど、顔までは思い出せなかった。
その二人がいた場所に、とてもよく似ていたのだった。

奥にある机、コーヒーの入ったカップが湯気を立てていた場所。
カップは無かったが、代わりに一冊の本が置かれていた。
蒼は両手でゆっくり持ち上げてみる。




「……アルバム…?」


“Album”とだけ表紙に書かれていて、蒼はその表紙をめくった。
沢山の風景の絵が並んでいる。
繊細なタッチで描かれていて、見た者の心を癒すような…。
桜の木、空、野原、木陰、紅葉、雪景色…どれも綺麗に彩られ、思わず綺麗…と呟いた。
めくり続けていくと、二枚の用紙が貼り付けられている。
随分昔に書かれた物の為、黄ばんでいて掠れていた。
何とか目を凝らしてみると、「…これ…!」と思わず呟いた。





「…私が、いつも歌っている曲の歌詞だ…」


言語がどこのものか分からないもの、だけど蒼には読める。
間違う筈はなかった。
記憶喪失の蒼が、名前以外で覚えている唯一のものなのだから…。

そして更にめくると、一枚の写真がはらりと裏面になって落ちた。
それを拾い上げようとしたその瞬間…!








     ―――――見失うな…!頼むから、自分自身を見失うな…!!―――――




     ―――――お前さんはお前さんなんだ…!忘れるな…!忘れたら、もう二度と…!!―――――






「っ…ロッ…カ……?」トサッ…

蒼はそのまま気を失い、倒れてしまった。





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