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□知ることと知らないこと
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――――――――――……





『はあ――――…だから言うたやろ。“今日の夜は気を付けろ”て…』


『え?あ、あれ?ここっていつもの…』


目を開けると、あのいつもの光景が広がっていた。
雲一つない真っ暗な空にぽつんと浮かぶ一つの満月。
雪原にはらはらと降り積もる雪。
雪原のど真ん中に、白いテーブルと白いイス、テーブルには紅茶の入ったカップとポット。
だが、ロッカの声が頭の中に聞こえるだけで姿はどこにも見当たらない。
辺りをキョロキョロ見回していると『下だ下』と言われ、スッと下を見てみた。










『先刻から此処にゐるであろ。いずこに目をつけてるんじゃ?』ちょん


『わっ!…って、こ、小鳥…?ちっちゃ…!』

『それ以外なんに見えるんや?』

『い、いえ…真っ白な小鳥にしか見えません』


ちょんといたのは、手のひらにすっぽり収まるサイズの真っ白な小鳥だった。
しっぽの先だけ少し黒く、瞳は宝石のような綺麗な赤い色。
首には赤い実のようなものがついているチョーカー。
『全く、あれだけ注意したのに…』ぶつくさと文句を言うロッカだが、くちばしは動いていない。
頭の中に直接語りかけられているような、不思議な感覚だった。





『お前さんは注意力がなさすぎやっさー!もっと気をしっかり持て!』

『は、はあ…すみません。というか…』

『あ?』

『せめて、方言を統一して頂けるとありがたいなあって……ダメ、かな…?』

『おう、そーか。じゃあこのオレ様が気に入った龍馬語…いわゆる土佐弁だ。これで統一するきに』

『あ、ありがとう。その小鳥の姿が、ロッカのもう一つの姿なの?』

『そうちや。生物学上ちゃんと名前ばあるんじゃがのう、アルビノいう色素が真っ白で産まれてくる個体なんじゃ。本来なら、もっとでけー鳥ばなる!しっかりした足もあって、スゲーカッコいいぜよ!』

『そ、そうなんだ…(あ、足…?鳥に、足??)』


小さな翼を両側いっぱいに伸ばして、大きさを示そうとする小鳥…生物学上にある名前は教えてもらえなかった。
目の前のことに囚われて何を聞きたかったのか忘れてしまう蒼だったが、(あ、そうだ!)と思いだし、深刻な顔に変わった。
そんな蒼の表情を見て、広げていた翼を閉じて首を傾げるロッカ。




『…ロッカも、私をよく知ってるんだよね?』

『ん?なんちやいきなり…まあ、よお知っちゅう。それがどうした?』











『今とは違う名前で、中立機関にいたって…本当?私は“蒼”…“雪見蒼”だよ?でも、違うの?』




『違わん。お前さんは“雪見蒼”、それが正しい』

『…そう。それ聞いて安心した…』

『……』


ほっとした気持ちで胸を撫で下ろす蒼。
だがロッカの表情は曇ったまま…。
蒼に言い聞かせるように言った『お前さんは雪見蒼で間違っちゃーせん』という言葉。
まるでそう言い聞かせることで、何かから守っているような、そんな雰囲気を漂わせている。
質問をされる前に、ロッカは行動に出た。





『…そろそろもんた(戻った)方がいいな』バサッ


『…っ!』

ロッカが片方の翼を思い切り広げたことで、蒼はカクンと気を失ったように項垂れた。
じっと蒼を見上げ、ロッカはパタパタ飛び蒼の肩にちょんと乗った。
そ…っと蒼の頬に翼を添え、目を閉じながら頭を擦り寄せた。






      ・・・
『…オレ様もアイツも、ただ幸せになってほしいだけなのに…どうして…っ』



































――――――――――……




「……んっ……あ、あれ…?」


むくりと起き上がる蒼。
そこは資料室、きょろきょろと見回していると、ドアの隙間からクロが走っていくのが見えた。
「クロ?」そう呟くと、蒼は引き寄せられるように姿を追い掛けて資料室を出て行った。
誰も居なくなった資料室に、後ろが透けてゆらりとロッカの人間の姿が透けて現れる。
床に落ちた写真をひらりと手に取った。




   ・・・
『……この頃のお前さんは、今以上に不安定じゃったな』



真っ白な部屋、ポツンとある実験台のイスに座っている一人の少女。
杖を膝の上に横向きで乗せ、目を閉じて、静かな笑みを浮かべながら…。
その写真に写っている少女が、クロを追い掛けていった蒼本人であることは、まだ知る時ではないと。
ロッカは無造作に落ちているアルバムを拾った。
広げたそのページに映る、一人の男性と女性を見て、ロッカは申し訳なさそうな表情で眉間にシワを寄せる。
ポソッと一言『すまねえな…』と呟くとそのページに拾った写真を挟み、棚の一番端の奥に仕舞ってはゆらりと姿を消していった。





一方で、蒼はクロの後ろを追い掛けている。
「クロ!待って!」叫んでいる蒼の声がまるで聞こえていないように走り続けるクロ。
はぁはぁと息を切らしながらも感じる、後ろから放たれている異様なオーラ。
背筋をぞっとさせる空気が、蒼の身体を硬直させる。
先には銃を構えている露木と、その先には真昼がいた。
「まっ、真昼くん!!」止まってしまっていた身体を、ぐっとなんとか動かし、もう一度走り出す。




ポフ

「!?」


「あっクロ!」

トッ「お前…うかつなのもほどほどにな。また捕まる気か?」


「真昼くん!!クロ!!」

「あ?蒼…?」

「蒼!」


蒼は露木と、真昼らの間に割って入り、庇うようにバッと両手を広げた。
「ちょ、蒼!?何してんだ!?」後ろから真昼が声を掛けるが、蒼はそこから動かない。
真剣な表情でキッと露木を見つめている。




「ま、真昼くんとクロを傷付けることはダメです!じゅ、銃を置いてください!」

「お、おい!蒼落ち着けって!」

「だ、大丈夫…大丈夫だから…っ」


「…っ!」真昼は近くにいて気付いた。
手も足もふるふると震えている。
小さい身体が、怖い!怖い!と叫んでいるのが聞こえるようで、真昼はただ「蒼…」と呟くしかなかった。





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