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□有栖院家にようこそ
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   #19.有栖院家にようこそ





立ち上がる湯煙、ぼんやりと映る月明かりの下…。
まるでそこは、争いのない静かな空気が流れているような場所で一人、クロは夜空を見上げて呟いた。




「喧騒を離れて月を見上げ…ゆっくりと体を休める…。日本人はなかなかいいものを作るな…」


「クロ!!どこ行った!?温泉旅行に来たんじゃないんだからな!?クロ――――!?




「うるせー奴だな…」


カポ―――――ン…




……静かでは、なかった…。
ゆったりのんびり湯に浸かっているクロの元に、真昼の声が響く。

一方で、蒼も小鳥姿のロッカと一緒に露天風呂に浸かっていた。




「はぁ〜〜〜…いいお湯…」

「ピゥ〜〜…ピピピィ〜〜〜…」


「…ねえ、ロッカ」

「ピ?」




「…水風呂って、冷たくないの?」

「ピィ!ピピピッ、ピピッ!」

「??」

「…ピィ…」


小鳥の姿では、人間の言葉を話すことが出来ない。
めんどうだ…とでも言いたげにロッカは小さくため息をついた。





『この冷やさがいいちや。これで氷水があれば最高なんけんどな〜…』

「そ、そう…」


訂正、正しくは、蒼は露天風呂に。
ロッカは桶に入れた水風呂に浸かっている。
それを露天風呂にぷかぷかと浮かせているのだ。
ぼーっと見ていると、あ!と何かを思い出したように、近くにあった別の桶を取り出した。
それを見ていたロッカは『何するがだ?』と問い掛ける。




「ん?これはね…」

蒼は桶を持って、石を軽く叩いた。








コ―――――――ン…



コ―――――――ン…





『おー…風流ぜよ〜…』

「でしょ?」


一方で、クロの方にも桶で鳴らす音が聞こえた。
頭に手ぬぐいを乗せてぼーっと浸かっていると、「…お」その音に気付いたらしい。
クロも近くにあった桶を掴み、石を軽く叩いた。







コ―――――――ン…




コ―――――――ン…






「…あ。桶の音……クロ、かなぁ…」


まるで息があったような感覚を覚え、蒼は最後にコ―――――――ン…と音を鳴らし、嬉しそうに湯から上がった。
「ロッカはどうする?」『あーオレ様も上がるきに』「うん」そのやり取りの後、蒼はロッカの浸かっている桶を持ち上げた。
パタパタと飛び出て、ぶるぶると水を弾くと、蒼に軽くかかって「冷たっ」と思わず口から出る。
またパタパタパタと脱衣所に向かう姿を微笑ましそうに見つめ、蒼も脱衣所に出た。























――――――――――……




浴衣に着替え、髪を結い上げて脱衣所を出ると、近くでクロがほかほかと湯気を立たせながらフルーツ牛乳を飲んでいた。
因みにロッカは蒼の頭の上に止まり、小さく身体を丸めて眠っている。
以前より起きれるようにはなったが、まだ寝ている時間の方が多く、風呂から上がって身体を乾かしてもらった後すぐ眠りについたらしい。
「クロ、上がったの?」「おー…」相変わらず気だるげな返事で返すクロ。
それでも蒼は真昼のようにイラついたりせず、寧ろ微笑ましく見守る母親の様に…。
クロの手に持っていたものを見て、「何飲んでるの?」と問い掛けた。




「フルーツ牛乳。風呂上がりはやっぱこれだろ」キラーン

「そ、そっか…」


珍しくクロが目を光らせていると、少し動揺する蒼だった。
「私もなんか飲もうかな」う〜ん…と考えていると、今度はクロが問い掛ける。




「いつもは何飲んでんだ?」

「アイス♪」

「…アイスは飲みもんじゃねーだろ…」


即答で答える蒼の回答に、クロは冷静に突っ込んだ。
するとクロは、スッと差し出した。
飲み始めたばかりのフルーツ牛乳だ。




「?」

「一口やる。美味いぞ?」

「……ありがとう」


フルーツ牛乳を受け取り、ジッと見つめる蒼。
パチパチと瞬きした後、両手で持ってコクリと飲んでみた。
すると、みるみる目が見開いていく。
「…美味いか?」と、少したどたどしく問い掛けてみるクロ。
蒼はその問いかけにキラキラした瞳でクロの方を向いた。




「うん!美味しい!」

「だろ?」

「えへへ♪私も買ってこよ♪」


クロに「ありがとう、御馳走様♪」と言ってフルーツ牛乳を渡す。
そしてパタパタとフルーツ牛乳を買いに足早で向かって行った。
そんな蒼の姿を、ふぅ…と一息ついて見守っている。
買って戻ってきた蒼と、真昼達のいる広間へ歩み始めた。
そこでクロは、素朴な疑問を蒼にぶつけた。




「…なぁ蒼」

「ん〜?」

「…それ、何だ?」


フルーツ牛乳を飲んでいる蒼の頭の上にもっこりとした白い毛玉。
身体を丸めて眠っているロッカを指差すクロ。
「あ…」そういえば紹介も何もしてなかったと思い出し、「えっとね…」と、どう言おうか迷いながら答えた。




「この子はロッカって言ってね?夢から出てきて姿を現したっていうか…」

「はぁ?言ってること全然わかんねーぞ…?」

「う〜ん…私も、詳しくは分からないんだ…でも、クロ達と同じような存在なんだって」

「同じって…真祖(サーヴァンプ)ってことか?けど、オレそいつなんて知らねーぞ…?」

「うん…ロッカも、クロ達と似てるけど少し違うって言ってた。本当の姿も人じゃなくて、小鳥の姿なんだって…」

「…これ、小鳥なのか…?」

「うん、丸まってるから分からないよね」

「なんつーか…白い毛玉が頭に乗っかってるようにしか見えねーぞ…?」

「あ、あはは…」




蒼自身も、本当によく分かっていない。
クロの言葉に返す言葉もなく、ただ苦笑するしかなかった。
そしてもう一つ、クロは素朴な疑問をぶつけた。




「…つか、そのロッカって奴は、そこで何してんだ?」


「眠ってるんだよ?」

「はあ?…そんな所でか?向き合えねー…」

「う、うん。乾かした後、頭の上に止まってきてそのまま…起こしても起きないし」

「ふぅ〜ん…。巣みたいに見えるんじゃねーか…?」

「あ…あはは」


苦笑で誤魔化した蒼である。





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