Word

□魅せられた光景
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――――――――――……




「そっか…夢で聞いた言葉は、あの時蒼が言ってくれた…」


夢の中で聞こえた言葉は、昔の出来事から抜き出された蒼の言葉。
握っているこの手が、救いにつながる…!
真昼はぎゅっと手を掴み直し、額に当てながら早く蒼が目を覚ますことを願った。

























一方で、ここは蒼が漂う場所…。




(あれ…さっきと同じ場所なのに、雰囲気が違う)


閉じていた目をパッと開け、キョロキョロと辺りを見回す蒼。
白く淡い雰囲気だった有栖院家の中だった筈が、今度はどんより暗い雰囲気に変わっている。
何故そうなのか、隣にある大きな窓からザアアア―――――と雨の降る音が聞こえてきてすぐに理解した。




(ちっちゃい御園くんもいない…どうしよう)


すると、蒼の困っている様子に答えてくれるように一人の少年が何かを運んで歩いてきた。
はわはわ(はっ!ひ、人が来た…!み、見付かっちゃう!)と慌てふためいた。
が、その少年は声をかけることもなく、ただスタスタと歩いている。
(あ、そっか…私視えないんだった)自分の今の状態に気付き、ほっと一安心。
近付いてくるその少年を見て蒼はまた、あ!と気付いた。





(あの男の子!前に夢で視た…!)


生意気そうな顔立ち、人より知識を多く持った瞳を持つあの少年。
以前蒼が視た、門の前で雨宿りしていけば?と提案した少年だとすぐに分かった。
視えない蒼の横を通り過ぎると、手には紅茶セットをカチャカチャと音を立てながら運んでいる。
(…あの子、一体誰なんだろう)真昼達と有栖院家に入った時、それらしい人はいなかった。
けれど、どこかで視たことがあると確信めいた気持ちが蒼の中を渦巻く。
とりあえず、その少年の後をついていくことにした。









コンコン


そして辿り着いた一部屋。
部屋の奥から返事が聞こえた。






『入るが良い』



(っ!この声…!)


直ぐ様理解した、声の持ち主に…。
ガチャと扉を開ける少年の後ろから覗き込む蒼。
予想はしていたが、見ずにはいられなかった。





『あれ?なんだ…お茶用意してたんじゃん。もらってきちゃったよ』


(あっ、確か…やまねさん、だっけ)




『では、私はこれで…』カタン

『まあ待て、まだ良かろう』






(…やっぱし、Fさんだ。あの世界で出会った時と同じ…)


そこにいた女性の声は、蒼が眠っている時に誘われていた世界・理想郷にいたF。
姿形そのまま、そこに座っていた。
何故ここにいるのだろうと疑問が浮かぶ蒼。
やまねはぺこりと一礼をし、部屋を後にした。




『あれ、そのカップ…ウチのじゃないね。お姉さんの?』

『ほう、よく分かったな』

『じゃあこっちのは要らないか、もうあるんだし』

『いや、せっかく持ってきてくれたのだ。頂こう』


そう言われた少年は少し沈黙し、テーブルの上にカチャンと置く。
そしてやまねの座っていたイスに少年が座った。
『頂いても良いか?』その問いに、少年はカップを乗せた受け皿を持ち、黙ったままFの前に置いた。
Fは手を伸ばし、カップを手に取る。
蒼はその様子を黙って見つめていた。





『…ほう、ジンジャーティーか。柚子の香りもする…皮を割いて入れてあるのだな。天然に近い、品質の良い物を使っているのか…。

 身体を冷やさぬよう考慮された、良い茶である』



『…匂い、嗅いだだけで分かるんだ』




『分かる。どんな物を使っているのか、いつ作られたのか、何が含まれているのか…。

 調合、品質、日時、淹れた時間帯や湯の温度まで…手に取るようにな』



『ホントにぃ?』

『ふむ…なら、ここに書き記そう』



Fは置いてあったメモとペンを使い、さらさらと何かを書き始めた。
(何を、書いているんだろう…?)何を書いているのか近付いて見てみる。
さらさらと書かれていく内容に、蒼は思わずほわぁ〜と口を開いて感心していた。





(達筆で綺麗な字…凄いなぁFさん。…にしても、この男の子…一体誰なんだろう)


チラリと少年を見やる蒼。
少年もまた、書かれていく字を目で追っていった。
そのメモには、淹れた時間、湯の温度、使われたジンジャーティーの産出国、柚子を買った店名が書かれていた。
ピリッとメモを一枚取ると、Fは少年にそのメモを渡した。




『ふぅ〜ん…』

『後で、淹れてくれた宇佐美三月というメイドと、メイド長のやまねに尋ねてみると良い。礼も伝えておいてくれると有難いな』

『ま、これで間違ってたら赤っ恥だけどね。…ん?あれ?やまねはともかく、何でもう一人の名前知ってんの?』

『ふっ…さあ、何故であろうな』


少し悪戯めいた笑みをふっと浮かべると、香りを楽しんだ後にジンジャーティーを口に含んだ。
『ふむ…良い味だ』柔らかく、呟いたようにそう言ったFの雰囲気に、少年は不思議な気分を感じた。
そして少年は、思っている疑問をFに問い掛けた。






『お姉さん、もしかして人間じゃない?』


『……』


『黙ってるってことは、当たり?』

『…私が人間じゃないとすれば、私は一体何者か?』

『自分でその質問する?ふつー』

『ならば当ててみるが良い。当てたならば、正直に言おうぞ』


そういわれた少年は悩み始めた。
けどそう長い時間悩むことなく、真っ直ぐ女性を見据えてこう答えた。





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