Word

□救いの手
1ページ/7ページ




   #22.救いの手





異様な空気に包まれる有栖院家。
どこまでも続いているような廊下の真ん中でポツンと佇む蒼はどこかビクつきながらおろおろしている。
目の前には大きな扉がかすかに開いていた。




(?…誰かいるのかな?)


ドアの隙間から部屋をそっと覗き込んでみる。
するとそこには、少年姿の御国が座って何かを書いていた。

蒼は有栖院家の前で急に眠ってしまい、夢の世界に迷い込んでしまった。
そこにいたのは、まだ幼い有栖院御国。
御国の過去であろう世界に、蒼は足を踏み入れているという事だ。
その蒼が隙間から覗いて見えるのは、御国が何かを一生懸命に書いている姿。
だがすぐに書くのを止めてガタンッと立ち上がる。
スタスタと扉に向かって歩いてくるのを見てはっとする蒼はまたもおろおろし始めた。




(あう、どうしよ…見付かっちゃうっ…!)


扉は急にバンッと開かれ、その勢いにびっくりしてトスンッと尻餅をついてしまった。
そんな蒼の姿を見る間もなく、スタスタと歩き出していく御国を見て、そっか…と思い出した。




(…私、御国さんには見えていないんだった……あっ)


気が付くと既に遠くに進んでいる御国。
小さくなっていく御国の後を追い、蒼はタタタッと必死についていった。
そして辿り着いたのは、一つの扉の前。
はぁはぁと息が荒いながらもようやく追いついた蒼。
御国は扉の前に佇み、どこか迷っているように見えた。






(?…開けないのかな?)


『……オレは…』

御国はゆっくりと扉の前に拳を持っていく。







コンコン


『入るが良い』



(!…Fさん?)


扉の奥から聞こえた、透き通るような女性の声。
ギィ…と開いたその先には、扉の奥から響いた声の持ち主がいた。
椅子に座りながら頬杖をつき、本のページをめくる。
水色がかった銀色の髪に大理石のような美しい灰色の瞳。
超然たる空気を纏う姿は、現実離れした美しさをも放つ。
蒼が理想郷にて出会ったF。






『……』むすっ

『ふっ、何をそんなにぶすくれている?御曹司特有の美しい顔が、ブサイクになって台無しであるぞ?』クスクス

『見てもいないのに…。あと御曹司に向かってブサイクとか言うなよ』

『ふふっ』


まるで見ているような言い方であるにも関わらず、御国の方を全く見ていないFは飄々とした態度で少し笑った。
コツコツとFに近づき、肘掛に少し腰かけてひょいと覗き込んだ。
Fが読んでいるのは、異国の物語。
またも御国の表情は不機嫌に変わる。





『…ねえ、そんなの読んで面白い?』


『ああ、面白いぞ?』

『何で?お姉さん博識でしょ?そんな物語、読む必要ないだろ?』



『そんなことはない。物語とは、人の想像が尽きぬ限り生まれ続ける。

 想像は無限の可能性を秘めている、故に飽きることはない。

 喜劇、悲劇…希望に絶望、愛情に友情…ミステリー、人の動機、人の心、しがらみ…

 フィクション、ノンフィクション、ファンタジー、夢、正義と悪、幸福と不幸…

 命、理念、理想、過去、現在、未来…始まりと終わり……そして…家族



『…っ』


『…どうした?空気が変わったぞ?』

『…気のせいだろ』




『……何か、あったのか?』


『別に。ていうか、他人であるお姉さんに言う必要ないし』

『…それもそうだな』

『……』



御国の冷たい言葉にも、Fは気を乱すことなく淡々と答える。
余裕な態度と雰囲気に、御国は少し冷静さを取り戻した。
パラッ…と本をめくるFを背にして、手を組んで『あのさ…』と言い掛けた。
ぎゅっと握る手と同時に、眉間にシワを寄せて言い始める御国。











『オレに、“御園”っていう弟がいるって言ったじゃん』


『ああ。いると言っていたな』




(っ!?御園くん!?)

いきなり出てきた御園の名前に驚く蒼。
そんな驚きなど露知らず、御国は言葉を続けた。






             ・・・・・・・
『…オレ、御園を守りたい。普通と違っても…御園は大事な弟だ』


(?普通と違うって…どったらこと?)





御国の言葉に、Fの表情は険しくなった。
読みかけの本をパタンと閉じ、御国の方へ顔を向ける。
そのFの様子が、深刻な表情に変わったのを蒼は見逃さなかった。
まるで曇天の空が広がっているように感じる…。


(!…Fさん、どうしたんだろう。いきなり様子が変わって…)






『蒔かれた種は、少しずつ成長してゆく…それは少しずつ、大きく…』

『は?』

『いずれ絡め取り、己の欲のままに…何かを壊し、そして枯れる』

『それ、前にも言ったじゃん。ボケてんの?』

『壊すことが、守ることか?枯れてしまうのが、運命なのか?』

『なに、言ってんの?お姉さん…』

『そなたの大事なものを守る為…何をせねばならぬのか、無知がどれほど恐ろしいことか、よく考えるが良い』

『っ!!考えてる…っ』


『守るとは何なのか…そなたは分かっておらぬ。幼き人の子よ…』



『っ!?何なんだよ!!あんたにオレの何が分かるんだよ!!

 それに何度も言ってるだろ!?オレは御国だ!!その呼び方やめろよ!!』





(っ!?)


『はっ……もう行く…っ』


我を忘れて叫んだ自分の声に、御国は冷静さを取り戻した。
子供の様にムキになってしまったことを思い出し、恥ずかしさが増していく。
かぁっと顔が赤くなるのを見られたくなくて、フイッと顔を背けて部屋を出て行った。
去っていく御国の背中が、扉の向こうに消えるまで見つめるF。





次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ