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□スノウリリイ
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   #23.スノウリリイ






「ふぅ〜…」


三日間も寝ていた為、眠気覚ましで温泉に浸かっている蒼。
ちゃぷ…、お湯の音が静かに響いている。
ふいに自分の片手を湯から出し、じっと見つめた。
その先に見えたのは、一人の泣き顔と、もう一人の必死な顔。








   ―――――『あの人に謝りたい!!』―――――




   ―――――『俺の手が、蒼の救いになるんだ!!』―――――








「……御国さん……真昼くん…」


きゅっと手を握りしめた。
幼い御国に起きた非現実的な出来事が、当の本人を今なお苦しめている。
そんな思いを受け止めて、沈んでいくつもりだった。
けれど、そんなことを認めずにその場所から救ってくれた真昼の強い思い。
夢で引っ張り上げてくれた、現実でずっと握ってくれていた真昼の手の感触が、まだ残っている。
もう片方の手を湯から出し、見つめていた手をきゅっと握りしめた。

すると…。








ガラガラガラ ポヒュンッ

『おい、そこの眠り姫』



「え?」




『桶に水を入れろ。そして湯に浮かせろ』


「…ロッカ」




一度人間の姿でドアを開け、すぐに小鳥の姿になったロッカが、ぶすくれた顔でパタパタパタと入ってきた。
蒼は申し訳なさそうな顔で湯から一度湯から上がり、水を桶に入れる。
ロッカの元に近づくと、『湯の方に持って行け』と翼で湯の方を指した。
言われた通りに桶を湯の近くまで持っていくと、ロッカはパタパタと飛び、桶の中にちゃぷんっと入った。
入ったのを確認し、蒼は桶を湯に浮かせて自分自身も湯に浸かった。




「……」

『……』


二人とも、何も話さないまま…。
するとロッカは、蒼に水を思いっきりかけた。
翼をバタつかせて、かかった水量は微々たるものだがきっちりと蒼にかかっている。




ピチャッ ピチャッ

「っ!?つめた〜…」


『オレ様の力を存分に使わせた罰ぜよ!』

「へ?」





「分からんがか!?お前さんはあのまま永眠するとこじゃったがだぞ!?」

「っ!?」



ロッカの言葉に目を見開き、驚いて声を出すこともできなくなった。
大声を上げて、ふぅと一息つくロッカは説明を始めた。






『お前さんは、あのガキ(御国)の思いを受け止めようとした。

 “つらい”“苦しい”“悲しみ”“後悔”その他諸々の思いを…。

 分かるか?人間のどす黒い感情なんて、生きてりゃなんぼでも生まれてくる。

 ほがなもの、一人の人間が、ましてや本人じゃない他人のお前さんが背負える代物がやない。


 お前さんはほがな感情に埋め尽くされて、二度と目を覚まさのおなるところじゃったがだ』





「っ……それ、って……死ぬって、こと…?」


『いや、死ぬわけじゃのおし。ずっと眠ったままになるぜよ。けど眠り続けてたら、必要な栄養も何ちゃーじゃかも摂取できのおなる。

 死ぬことと、対して変わりはのおしな』





「…っ。そう、なんだ……」


下に俯く蒼。
夢の中では無防備な状態、だからこそ暗く冷たい底に沈んでいく状態に陥っても、何も分からない。
あのままだったら…?沈んでいき、真昼の声が届いていなかったら…?
蒼はぞっと背筋の凍るように目を見開き、今にも泣きそうな表情を浮かべた。
そんな様子を見ているロッカは、安心させるように言葉を蒼の頭の中へ送った。





『だから、オレ様が力を使ったがだ。あの“城田真昼”って人間の思いを通してな』


「真昼、くん…?」

きょとんとする蒼。
いきなり名前が出てきたことに、目を丸くした。





『あのガキ、ずっとお前さんの手ば握っちょったが。

 よほど心配じゃったがろうな…それだけ、お前さんを想う気持ちが強かった。

 その気持ちを利用して、お前さんに届けたぜよ。

 感謝するがだな。城田真昼にもそうけんど、何より想う気持ちを届けた、このオレ様に!!





「…うん…」

『おおごとじゃったがだぞ?めっそうにも深い深淵まで落ちるもんやき、届けんのに目ぇこぎゃん力使う羽目になってよぉ』

「……うん…」

『ただでさえ力が全部戻ってきたわけじゃのおしってがやき、このオレ様に力を使わせやがってのぉ…』

「…うん…うん……」


ロッカの続く言葉に、蒼は段々申し訳なく思い、泣きそうな声で返事をし続けた。
『そもそもお前さんはなあ…』くどくどと続けるも、蒼の泣きそうな表情が目に見えて、ロッカの言葉は止まった。
二人の間に沈黙が生まれ、何も言えなくなってしまう。
…すると、蒼が…。







ちゃぷ…

「ピッ?」


水が入っている桶からロッカをそっと抱き上げ、冷たい身体にも関わらず蒼はロッカを抱きしめた。
蒼の目から、ぽたりと涙が一滴お湯に落ちる。
その後はポロポロと涙がお湯に落ち続けた。






「ごめん…ごめんね?ロッカ…」


「……」


「…ありがとう、ロッカ。私…ロッカに会えて、幸せだよ…?」

『なんじゃ、いきなり…』

「こんな風に心配してくれて、私の為に沢山力使ってくれて…」

『当たり前ぜよ。オレ様は、お前さんを守る為に存在するがだ。礼を言われる筋合いなんて…』

「でも嬉しいんだよ…ロッカだけじゃなくて、真昼くん達にも会えて…本当に幸せだよ」



「……ピィ…」

目を閉じて、呟くようにロッカはそう鳴いた。





その後、蒼はロッカと一緒に風呂から上がり、ロッカの身体を乾かしてあげた。
自分の髪を乾かす蒼を、ロッカはじっと見つめながら、先ほど抱きしめられた時の事を思い出す。
蒼を通して思い出される、懐かしいあたたかさ。
以前にも、ああして抱きしめられたな…。
蒼の知らない、ロッカだけが知ってる思い出を噛み締めて…。




「ロッカ、そろそろ行こう?」

「…ピ?ピィ」

「?どうしたの?」

「…ピィ…ピィピッピピ(…いや、何でもねえよ)」ふるふる

「??」


蒼の問い掛けに、ロッカは首をふるふると振った。
何でもないと鳴いた言葉を、蒼に送ることなく…。





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