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□天使と悪魔
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「?どうした?」
「ごめんロッカ、一度マンションに戻っていいかな」
「あ?何で」
「取りに行きたいものがあって…」
出掛けるついでに、一度マンションに戻ることに決めた蒼。
その目的は…。
――――――――――……。
「えっと…確かここに……あ、あった…!」
自分の部屋に戻り、引き出しの中を探る蒼。
その手に持っていたのは、一枚のCDだった。
ピアノを弾く一人の若い男性の姿をジャケットにしてある。
文化祭の後、ネット通販で買ったCD。
それは、留学を進めてくれた外人たちが口にしていた“リヒト”と呼ばれる者が奏でたメロディーが詰め込まれたアルバム。
海外では有名だと情報には載っていたが、結局バタバタして聴けず仕舞い。
というよりも、聴くタイミングではないと何故か感じたから…。
そして裏に反してみると、曲たちがずらりと並んでいた。
その中に、蒼はトクン…と心揺らがす一曲に目を留めた。
「“エリーゼのために”……そうだ、この曲…夢の中で……」
蒼の頭の隙間に蘇った、夢の中で流れた旋律。
それが、ベートーヴェン作曲の“エリーゼのために”。
その曲を弾いていた男性の姿が、微かに現れる。
「…そうだ、この人……日本で講演するって、そのニュースを観てたから…夢に出てきたのかな…?
……もう一度、会いたいな…」
「おい、いつになったら出発するがだ?そしていつまでオレ様を待たせる気だ?」
突然後ろからロッカに声を掛けられ、ビクッとして後ろに思い切り振り返る。
ドッドッ…と鼓動が大きく早く動いた。
「あ、あ〜…ご、ごめんね。もう行こう」おもむろにCDを鞄の中に仕舞う蒼。
それをじっと見つめるロッカの眉間のシワが、ほんの少し寄ったことに気付かないまま…。
その後は、朝ご飯にコンビニでご飯を買い、いつもの公園に行って済ませた。
トレーラーに寄ってアイスを食べて、お互い一口ずつ分け合う。
商店街を歩き、お店を見て回り、ゲームセンターに寄って遊んだり、ソフトクリームを見付けては即座に買って堪能する。
気が付いたらお昼を回っていて、近くの喫茶店で昼食を取っていた。
うまうま♪と美味しそうに食べていると、喫茶店に流れている曲調が変わった。
(…あ、この曲…“エリーゼのために”だ)
夢の中で流れていた曲が現実に流れてきた為に、蒼の表情は憂いに満ち始めた。
嬉しい様な、悲しい様な、夢と同じ感情が流れ込んでくる。
「……」ロッカは、ただ黙ってその表情を見つめていた。
昼食が終わり、何かが抜けたようにとぼとぼと道を歩く蒼と、手を繋ぎついていくロッカ。
「おい、ぼーっと歩いてるとぶつかるぞ?気を付けるぜよ」
「…あ、うん、ごめんね。ありがとうっ…わっ!」
言われた矢先に、すぐ手前に誰かがいることに気付いた蒼はぶつかりそうになり、思わず大きな声を出して立ち止まった。
幸いぶつかることはなかったが、目の前にいた人物は蒼の大きな声で後ろの方へ顔を向けた。
「あ?」
蒼が顔を上げた途端、蒼の内の時間が止まったように硬直してしまった。
目の前にいる人物を見てそうなってしまったのだ。
そこにいたのは、今しがたCDのジャケットにいた張本人だったのだから。
さらりとした 綺麗な黒髪…
筆で一筋なぞった様な 真っ白な部分の髪…
突き刺さるような 鋭い目つき…
けど 何より感じるのは…
美しい旋律が 燃え上がるように 奏でる…
真っ直ぐな 強いオーラ…
(こ、この人はっ…!!?)
蒼の頬は一気に紅潮していく。
あまりの感激さに目を見開き、口を両手で押さえた。
「あ、あの、有名なピアニスト…り、りりっ……りっ…リヒト・ジキルランド・轟……さん…っ!?」
そしてあまりの感激に大声でフルネームを呼んでしまう。
仕舞いには…。
「あ、あの、あのっ…えっと…さ、サインくださいっ!!」バッ!!
慌ててバックをがさごそと漁り、今日入れたCDと、入っていたサインペンを取り出して差し出す蒼。
周りから視線を集めてしまう。
いきなり何を言っているんだこの子は…そんな目で見られていた。
ロッカもいきなりの行動に、はぁ…とため息を一つ吐いた。
そんなことなど露知らず、蒼は有名人に会えたことで、緊張からふるふると身体が震えている。
「……」
(あ、あれぇ?わ、私…何でこんなこと…!)
自分で言っておきながら、発言したお願いにやっぱりいいですなんて断ることもできず硬直したまま…。
対して、目の前でサインをせがまれたリヒトという男性は、蒼の方に身体を向けて一言言い放った。