Word

□はじめに行いありき
1ページ/6ページ




   #30,5.電車の中で





白之湯温泉を出た怠惰組。
行き先は御国が経営している店。
向かう途中の電車内、タタンタタンと揺れる座席に座りながら、ぼぅっと周りを見渡した。








(俺…この路線乗るの初めてだ。場所、すぐわかるといいな…)



「お前が無茶苦茶やったから疲れた…ねみ―――…オレは寝るぞ…」


球の中で、くぁぁとあくびをする小さなクロ。
ヒガンとの戦いで原因不明な事態が起こり、球となってしまった。
クロを元に戻す為、二人で向かっているというわけだ。

一駅、また一駅と、次々に降りていく。
(そういえば…)と、真昼は少し昔のことを思い出した。






(もう受験シーズンで、遊んでる暇なんてなかったのに…気分転換に行こうって、連れ出してくれたんだっけ…)





























――――――――――……




中学3年の頃、受験勉強に少し行き詰っていた真昼を見兼ねて、蒼が外へ誘い出かけた時のこと…。
突然蒼は『海を見に行こう!』と誘ったのだ。
当然真昼は『そんな暇ないだろ!俺ら受験生だぞ!?』と断った。
しかし、蒼はむむむと口を尖らせる。





『で、でも、ずっと家の中にいると空気篭っちゃうし、休憩だって必要だよ?』

『ちゃんと休憩してるよ』

『う…きゅ、休憩してても、空気は篭ったままだし…』

『空気の入れ替えもしてるよ』

『うぅ…』

『そんなに行きたきゃ一人で行けばいいだろ?』








『…っま、真昼くんも一緒じゃないと意味がないべさ!』





『っ!?はあ?』

『お願いよ、ちょっと行ってすぐ帰るから!』

『ちょっと行ってって…すぐそこの近所じゃねーんだから;;』





『うぅ…やっぱし、ダメかな…?』


首を傾げ、まるで子犬のような潤んだ瞳に真昼は『うっ…』と息を呑む。
じーっと見やる蒼に負け、顔を横に逸らし『し、仕方ねーな…』と了承した。
直ぐさま蒼はぱあぁっ!と顔を明るくし、キラキラと目を輝かせ『やったー!』と子供のように喜ぶ。
軽く身支度をし、いつも使っている電車から使ったことのない電車へ乗り継いだ。





『この路線使うの、初めて…』

『こんな所まで来ないしな』

『…私、海って見たことないんだ』

『えっ!?マジかよ!』

『うん。だから楽しみ♪』


海を見たことがないという蒼。
だが、その願いが叶う事はなかった。
突然の猛台風に見舞われ、電車が止まり、見合わせとなってしまったのだ。
夕方になり、辺りが暗くなる頃に電車が漸く動き出した。
帰りが遅くなってしまうからと、海を見ることなく帰ることになった。
当然二人の気分も落ちてしまう。
しゅんとする蒼は、真昼に言った。






『ごめんね?せっかく出掛けるのOK出してくれたのに…』

『気にするなよ。蒼のせいじゃないだろ?』

『そうだけど…』









『それに、少し気分転換になったしな』


『!……本当…?』

真昼の言葉に目を見開き、少したどたどしく尋ねる。




『うん』

笑みを浮かべながら答えた真昼。
蒼はゆっくりと、同じように笑みを浮かべた。
『良かった…』そう呟いて…。






『え?』


『真昼くん、ちょっと行き詰ってるように見えたから…気分転換できたらなって思ってたの』

『なんだよ、それならそうと言ってくれよ』



『そうね、ごめん。ごめんね?』


困ったように笑う蒼。
いつだって誰かの為に笑っていた蒼を、真昼は隣で仕方ないなと息をつきながら同じように困った笑みを返した。





次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ