『おかえり。』
□T 頼まれ事 〈side:zoro〉
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再び沈黙が訪れる。先ほどよりも長い沈黙。金髪が風になびいている。おれは目を逸らさねェ。
「全部話さなくても構わねェ…か。やっぱ敵わねェや、お前には。おれの人選は大正解だよ。」
コックはそう言うと、おれに向き直った。少し笑顔のあった表情が一瞬にして真剣なものへと変わる。
「おれの…、おれの中に流れる血へのケジメ、ってとこだ。」
「血…?」
「ああ、そうだ。これはおれ一人の問題だ。だからこそ、自分自身でケジメをつけてェ。」
静かな口調が少し興奮しているのか、熱を帯びた。おれは黙って聞いていた。
「他の奴らに言えば、絶対一緒に来ると言うだろう。それは嬉しい限りなんだが…。今回の件に関しては、仲間のことは考えたくねェ。自分自身のことだけを考えて動きてェんだ。」
確かに、こいつはどの戦闘においても常に周りのことばかり考えて、自分はどうなろうがお構い無しだった。そんな奴が自分のことのみを考え、はっきり言うと仲間は邪魔だと言っている。面白れェじゃねェか。
「おれ達は邪魔ってことだな?」
「…あぁ、これで十分か?」
言いにくいことを言わせたからか、バツが悪そうな顔をしてやがる。
「十分だ。…ただし条件 がある。」
「何だ?」
おれはコックの襟元を両手で荒く掴んだ。
「この船のクルーが悲しむようなことはするな!」
「…。」
「てめェの邪魔はしねェし、させねェ。だが、離れてもてめェは1人じゃねェ。てめェのことを思う仲間がいる。それだけは覚えとけ!」
一瞬、こいつには珍しく心底驚いた表情が見えた。その後、少し照れたように軽く両手を上げる。
「…参った。了解するよ。」
おれはコックから手を離して、少し距離をとった。こいつはおれの言わんとしていることをどこまで理解しているのだろうか。「仲間」の中にはもちろんおれも含まれている。
コックに背中を向け、おれは言った。
「10日間。」
「え…?」
「みんなを…、特にルフィを押さえるには、てめェがさっき言った10日間が限界だろう。それを過ぎても戻らなければ、もう止められねェ。血眼になってお前を探すぞ。」
「…。」
「それが最低条件だ。」
「…厳しいな。」
「てめェは一味のコックだからな。当然だ。」
「…肝に銘じるよ。」
「あいつは…」
「…?」
「あいつは、耐えられねェんじゃねェか? この二年間、てめェがいなくて相当淋しかったらしいからな」
「…!!」
コックの目が一瞬見開いた。この薄暗い中でもはっきりと分かるブルーの瞳。返答はその表情とは反対に冷めたものだった。
「気のせいだろ?」
「…本気で言ってんのか?」
「だったら?」
「…ここでそれを責めればてめェは楽になるのか?」
「…!!」
ナミがこいつに本気で惚れてるのは明らかだった。それなのに、普段騒がしい程メロメロで騎士きどりのこいつが、何故ナミの気持ちに本気で向き合わねェのか不思議だった。…きっと今回のようになることを予感していたからだ。そのことに今気付いた。
「おれはそんなに出来た男じゃねェよ。」
と言い放つとコックは胸ポケットを探り、煙草を取り出した。それが、この話の本題が終了した合図の様に…。
そして煙草に火を付け、深く吸い込んだ煙を吐き出す。
「本当は夜中のうちに降りてェが、今夜の様子を見てると、そうもいかねェ…。」
そう言うと、コックはおれの左横に並んだ。おれから表情は見えなかった。
「明日の朝食後、出航する直前に降りようと思ってる。」
自分勝手に降りるくせに、自分勝手になりきれねェこいつに「こいつらしい」と可笑しくなった。
今夜遅くまで騒いだクルー達が明朝早く起きられるわけがねェ。騒ぎ疲れて起きた所に食事がなく、一から作るのは相当の苦労が目に見えているからだ。更に何時でもめちゃくちゃ食いやがる船長がいる。…まあ、こいつはそれを毎回いとも簡単にやってのけているが。
「片付けまではしていくつもりだから、その辺のタイミングで協力をよろしくな。」
と、おれの左肩をポンと叩き、コックは離れて行く。
「何っ…!? てめェで決めたことはてめェで…」
おれの言葉は一言で遮られた。
「頼りにしてるよ。」
とコックは背中越しに右手を軽く振って船内に消えて行った。