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□赤い薔薇をあなたに
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人によって考え事をするのにちょうど良い場所というものがあるだろう、そこが私にはここだ。裏庭の隅にあるそこは普段日影がかかっており訪れるものは誰もいない。宮殿とは違い、ここは少し肌寒いが一人になって考えるには打って付けの場所なのだ。少し広いそのスペースには噴水があり、噴水の周りには花が咲いておりとても美しい。
毎日頼んでもいないのに執事や婆やに世話をやかれ、警備隊に監視され自由を奪われる。
全く放っておいて欲しいといつも思う。
可愛らしくない?そんな事は自分が嫌なほど分かっている。
私は自分が嫌い。
容姿も性格も…何よりもこの血、家系が嫌い。
そんな私を好いてくれる人などいるはずもない。どうせ想いを寄せる相手がいても永遠に一方通行。現に私の想いに対して地位目当ての見合い話は進んでいる。
所詮私の人生は元からこういう運命なのだ。
そんなことを考え、噴水の溜まり水に指先を入れてちゃぷちゃぷと遊んでいると自分を呼ぶ声が近づいてきた。
「姫!こんな所で、お身体に障りますよ」
私のことを心配する声の主はグラシエ大尉だった。
見つかってしまった。
「グラシエ、私はもう大人よ。人間の歳でも19歳!」
「ですがここは冷えますし、お見合い相手様がいらしております」
「それより何故ここだと分かったの?」
「姫は覚えていらっしゃらないかと思いますが、姫が幼い頃“ここは特別な場所なのだ”と教えて下さったのですよ。……二人だけの秘密だと…」
グラシエは表情はいつも通りの仏頂面だが昔の思い出を懐かしそうに話した。
そんな恥ずかしいことを自分が言っていたなんて。じわじわと顔が火照るのを感じる。
「そ、そんな昔のことなんて忘れたわ!グラシエはよく覚えていたわね」
「姫との約束ですから。…そんなことより姫、お客様がお待ちです」
「もう嫌なの……こんなレールの敷かれた人生も、それに従う私も」
急かすグラシエに対して私は一歩も動かない。
「少しお話しましょう」
そう言うとグラシエは隣に座った。
「姫は何故そう思われるのですか?」
「ずっと…我慢していたの……。牢獄の様な毎日を。身勝手な大人達は私の意見に聞く耳を持たないし、私はろくに外の世界も見たことがないのよ!もう子供じゃないのに!」
今まで溜め込んでいたものが涙となって頬を伝うのを感じたが続けた。
「そして好きでもない相手との結婚!想いを寄せる相手じゃないのにどうやって今後関わって行けば良いと言うの!?私には他にいるのに……」
これは魔法なのだろうか、悔しいけど彼のブルーの瞳に見つめられると何でも話してしまう。
心の奥底に秘めていた思いさえも。
「想いを伝えたい男性が、いらっしゃるのですね」
グラシエはサッと取り出したハンカチを私に差し出す。
真面目な彼の表情はいつも読めない。そんなグラシエはほんの数秒何か考える素振りを見せてから言った。
「万が一、貴女が悲しんでしまった時は、私がそばにおります。ですので安心して、いってきてください!」
彼の真っ直ぐな瞳に見つめられる。
わたしが見つめられることに弱いのを知っているのだろうか。
「私自身ない……現に私が自分自身を好きじゃないのにそんなこと───」
「何を言っているのですか!姫はとても素敵ですよ。まだご自分で気づいていないだけで、私は姫の良い所を充分に理解しているつもりですよ」
「でも───」
「私がついています!」
「はあ、分かったわ……」
私は大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「私が好きな相手は貴方よ、グラシエ。幼い時からずっと」
「姫……」
グラシエは目を見開く。
だから嫌だったのだ。
これからグラシエと顔を合わせられない。
「あぁぁ!これも二人だけの秘密ね!約束よ!破ったら……」
「先程申しましたよね、姫とのことなら決して忘れたりしません。それに……」
珍しく言葉が止まったと思った瞬間、突然温かいものが唇に触れた。
「え……」
息のかかる距離にグラシエの顔、そしてその彼が接吻を……。ああ頭が真っ白。
「申し訳ありません!気づいたらこのような事に……」
顔を離し、即座に謝るグラシエは頬を赤らめている。
彼のこんな表情初めて見た。
「ねえ、こっち見て……」
そっぽを向いていた彼に、次は自分から口付けを交わした。
「嬉しいです……その様に思って頂けていたなんて」
「愛してる……今までも…そしてこれからも。さあ、行きましょう?」
「はい。……私も永遠に。………“永遠に”お使いいたします」
全て二人だけの秘密。
この鮮やかに開花した“赤い薔薇”を幼い頃の記憶と同じに葬りされる日。
そんな日がいつかくるだろうか。
今後の未来なんて私には分からない。
ただ彼とならシナリオ通りの未来さえも歩んで行ける、そんな気がした。
““私””の愛する人………。
fin.