short

□契約
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※鬼畜注意


どのくらいの時間と距離を走っただろうか、分からない。
無我夢中で目的地など考えずにただただ私は走った。足が縺れて転んでも何度も起き上がり、息が切れて苦しくても構わず走った。

自身の脳内が告げているのだ。
走り続けろ、出来るだけ遠く遠くへ。

だがそんな自分の意志とは対して、ここ数日何も口にしていない身体は限界を迎え、地面に倒れた。
私は何故こんな目に遭っているのだろうか。

そう、それは………。

「みーつけた」

全てこの男から逃げるため。

うつ伏せに倒れていたユウの身体を手荒に仰向けにした男は、取り繕いの涼しい笑顔でのぞき込んだ。

「こんな所にいたのか、探したよ」

嘘つき。
彼は手に持っている魔術のかかった鏡で私の居場所を見てここまで来たに決まっている。

「この顔を知らないとは言わせないよ」
「こんな、に…鬼ごっこの相手させられ、て…知らない、わけ、ないじゃない……」

まだ整っていない息を荒らげながら途切れ途切れに話す。

体力が戻るまで時間を稼ごう。少しでも走れる状態になったらタイミングを見計らってこの場から逃げ出してやるんだ。

「なら良かったよ」

そう言うとアルシミーはユウの顔に掛かっていた髪を取り横に流した。

「気安く、さわらないでッ…!」

反発した拍子に先程から目を合わせまいと逸らしていたと言うのに瞳を見てしまった。自身の考えている事が全て見透かされているのではないかと思わせられるブルーの瞳を。

「まだ余裕がある様だね」

ほら、計画が見破られた。このニヒルな笑みを向けている男は何も無い丸腰の私を追い掛けて一体何が望みなのだ。

「残念ながらエクルなんて私持ってないわよ」
「そんなの興味ない」
「……じゃあ私のハートが目当てってわけ?」
「ハート?アハハハハ…確かに君のハートは魅力的だけど……それを奪ってしまったら面白くない、そう思わないか?」

予想外の返答にユウはきょとんとする。
「それならば何故」と言おうとした時、アルシミーが口を開いた。

「近いけど、オレが欲しいのは……ユウ自身」
「だ、か、ら!最終的にはハートでしょ?」

彼の噂は知っているし何も怖くない。
だが、何故否定するのだ。

はっきり言えと痺れを切らしているユウにアルシミーは言った。

「Non!そんなの勿体無いだろ、オレは君を飼ってやるって言っているのさ」
「………え」

一体全体何を言っているんだ。
何故、私なのだ。言っている意味が分からない、いや、分かりたくない。

逃げよう、逃げるなら今しかない。
そう本能が告げ、この場から走り去ろうとしたが、それはアルシミーの魔法によって失敗に終わった。その上、足を取られた結果、大胆に顔を擦りむいてしまった。

「既に署名している君に拒否権なんてないから」
「い、いつそんなものをッ!」

頬を抑えていると契約書を顔の前に突きつけられた。

その契約書にはしっかりと購入者の“所有権”がずらーっと並んでいる文字の中に紛れて書かれてあった。そして明らかに自分の直筆で同意欄にサインしてある。

「こんなもの…!」
「残念、特別な魔力がかけられているんだ。並大抵の魔法使いは勿論、君みたいな魔力の強い魔法使いでさえも破ることはできない」

契約書に向けて出した指を地面に落とす。

「誰があんたの犬になるものですか!」
「ふーん、これでも強気でいられるかな?」
「っ!?」

アルシミーが契約書に浮き出ている呪文を唱えると輪っかが現れ、ガシャリとユウの首元に契約の証が嵌められた。

「ずっとユウに目をつけていた。君も知ってる通り、何せ闇業界では“有名人”だからね。そんなある日、その本人がうちの店にわざわざ出向いてくれた。ある意味噂以上の女性だった。一目見た瞬間、手に入れたいと思ったよ。だから俺は計画を変更したのさ───でも、必死に逃げてたけどオレのところでモノを買うんだからそれなりの覚悟があったんだろ?」


そうあれは……。
あれは一ヶ月前。
私は通常ルートから魔法薬の材料を入手出来ず、仕方なく裏路地にある洞窟の店に足を運んだ。

私は社会からは恐れられ距離を置かれる闇商人の一人。
依頼主に頼まれた薬なら何でも作る。例え相手を殺す目的の薬でさえも。偽名を使い、取引の際に顔を出さない為、噂では仏頂面の大男だったり顔中イボだらけの老婆だったりと様々だ。まあ、日常生活に支障をきたす訳でもないためそのまま泳がせていたが。

「いらっしゃい、あんたがうちの店に来るからって午前中ずっと店を閉めてたんですよ」
「それはご苦労さん」

端から長居する気も無いし、したいとも思わないためユウは目的の品々を迷うことなく手に取り会計を済ます。

「おや、思ってたよりずっと美人じゃないか」

向かい合った際に深く被っているフードの中を覗き込みアルシミーが言った。
ユウは不意をつかれ驚いたが素直に軽く会釈をした。

「あんたも業突く張りで狡賢いって聞いてたけど話のわかる奴ね。所詮噂は噂ね」
「うわさ…ね……」

アルシミーは意味深な言葉を呟きユウを上から下まで舐め回す様に見入る。何やら顎に手を当て考えている様だったが、気にせず契約書にサインをし店を出たのだ。


あの時の私はなんて馬鹿なことをしてしまったのだ。完全に油断した。自業自得。自分の不甲斐なさに目の前にいる男をただ睨むことしか出来ない。
そんな反応を目の前で気味が悪いほどニコニコしながら楽しんでいる男は本当に性格が悪い。

「そんな顔も嫌いじゃないよ」

そう耳元で囁かれたと思ったら、身体が石のように重くなり動かなくなった。

「殺したりしないから安心して、大事に大事に可愛がってあげるから。逆に……死にたいと思うほど“楽しいコト”をたくさんしてあげるよ……」

アルシミーが指を鳴らすと浮遊呪文でユウの身体が浮かび上がった。そしてアルシミーの腕の中に。
お姫様抱っことはこんな気持ちになるものだったろうか。

「壊してしまったらすまんね。あ、でも契約上、俺の物だから別に良いか!」

男の高笑いがいつまでも耳に響いて聞こえた。


fin.

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